2017年3月17日号 Vol.297

人生を謳歌する女たち
「赤花 アカバナー、沖縄の女」
写真家 石川 真生


写真集「赤花 アカバナー、沖縄の女」から


「アメリカ兵を撮影したくて、ゴザ市(現・沖縄市)や金武町(きんちょう)にあった黒人専用バーで働き始めました」と話すのは、沖縄出身の写真家・石川真生(いしかわ・まお)。1975年、22歳の頃だった。

1945年、太平洋戦争が終結。沖縄を筆頭に奄美群島、小笠原諸島、トカラ列島がアメリカの統治下に置かれた。米軍基地が多数建設され、多くのアメリカ人が駐屯するようになった。石川が誕生した1953年は、そんな「アメリカ世」(ウチナーグチ=沖縄語では「アメリカユー」と発音)の時代。沖縄には、彼らが持ち込んだ「アメリカ」が身近にあった。

「22歳の私は、無鉄砲でパっと思いついたら即実行。英語も全く話せないのに、飛び込みでバーの経営者に掛け合い、その夜から働き始めました」と振り返る。人種差別が色濃く残り、米兵相手のバーでは「白人専用」と「黒人専用」にわかれていたという。
「バーに来ていた米兵は、ほとんどが20代。私は同世代でしたからモテまくり。次々と彼氏ができました」
たとえ下級兵士でも、当時の一般的な沖縄の人々よりも給料は高く、気に入ったバーの女の子と同棲する兵士が普通にいたそうで、「私もその一人だった」と石川。酒場には、酒と男と女が溢れていた。
米兵を撮影する目的で働き出した石川だったが、次第にホステス仲間の女たちを撮る方が面白くなる。
「同棲していた男が、任務を終えてアメリカへ帰ったと言っては大泣きし、女同士で昼間から酒を飲んでヘベレケになり、男の取り合いで取っ組み合いのケンカをする。誰を見ていても『たくましいな〜』と感心しました」
自由を愛し、心の赴くまま、自らの欲望を追いかける女たち。石川は、そんな彼女たちと同化し、シンクロしながら「ありのままの姿」を切り撮っていった。

そんなゴザと金武で、1975年から77年の間に撮影した写真を集めた処女作「熱き日々 in キャンプハンセン」(あーまん出版)を、1982年に発表。その中からの作品と未発表の作品を含めたモノクロ写真80点を、新たに編集した「赤花 アカバナー、沖縄の女」 が今年、ニューヨークの出版社「セッション・プレス」から発刊された(限定600部)。今回は、石川が書き下ろしたエッセイを軸に、「男の噂をする女たち」、「バーで働く姿」、「家で男と寛ぐ」、「海岸での午後」、「未来の沖縄を支える子どもたち」の5章で構成。3月28日(火)、ソーホーの「ダッシュウッド・ブックス」でサイン会が行われる。
セッション・プレス代表で同写真集ディレクターの須々田美和氏は、次のように話す。
「1974年、石川氏は短期間でしたが東京の写真学校で東松照明から写真の基礎について受講しています。それが後に、彼女の作品スタイルを築くきっかけとなりました。石川の作品は、 マーティン・パーや海外の批評家が評するように、一世代前の象徴的で観念的な表現のプロボーク写真とは異なり、対象をまっすぐに捉えたポートレイト。力強く生々しい感性に満ち溢れています。物事を論理的に解釈し、陳腐な感傷に陥ることなく、写真家『石川真生』の冷静な視線を通した女たちの姿は生き生きとして、力強く、美しい。石川は沖縄に生まれ育ち、沖縄を精力的に撮り続ける女性作家として唯一無二の存在と言えるでしょう。」

石川は語る。
「黒人を愛して何が悪い、黒人バーで働いて何が悪い、自由を謳歌して何が悪い、セックスを楽しんで何が悪い。誰も他人の人生にとやかく言う権利はない。黒人を愛した女たちが、私は愛おしくてならない」

石川がとらえた色鮮やかな「人間愛」が、写真集「赤花」の中で咲き乱れている。

写真集「赤花 アカバナー、沖縄の女」
出版記念サイン会
■3月28日(火)6:00pm〜8:00pm
■会場:Dashwood Books
 33 Bond St.
www.dashwoodbooks.com

★その他、関連イベント詳細はこちら



HOME