NY近郊ゴルフ場ガイド
ニューヨークのマンハッタンに「ニューヨーク禅堂正法寺」と郊外のキャッツキルに「大菩薩禅堂金剛寺」を開き、アメリカ人に禅を広めた嶋野栄道老師の半世紀に及ぶ在米生活をまとめた一冊。 64年の大晦日、たった5ドルの現金と警策(けいさく)1本、仏像1体、衣と着替えが入ったスーツケースが全ての持ち物。ニューヨークのケネディー国際空港に降り立った。ここからニューヨーク生活が始まった。 「5ドルしか持たなかったのは、日本に帰れないようにするため、わざと崖っぷちに自分を追い込んで可能性を試したかった」という。 真冬にコートもなく法衣に足袋と草履姿でマンハッタンの路上を歩いていると「何をやっているんだ」と声をかけられた。 「私は日本から来て、ウエストサイドに禅のメディテーションホールをつくるつもりなんだ」と答えた。そうすると、その男は「行ってもいいですか?」と聞いてきた。もちろん「いいです」というと、家具ひとつない小さなアパートにやってきた。このシドニーという男が、ニューヨークに来て初の坐禅の修行者となった。帰り際「寄付をしてもいいですか」と聞かれ、即座に「イエス」と答えると、5ドル寄付してくれた。「これで、缶詰めのスパゲティーが食べられる」と賤しくも思った。 就職探して航空会社に面接に行ったり、日系銀行のリムジン運転手の職を求めた。この時、先師、中川宋淵老師の教えである「もし、本当に法のために心身を捧げるなら、法のほうからやってくる」という愛語が雷鳴の如く響いた。 この時から朝は4時に起き、掃除をして坐禅をくみ、読経など当たり前の事をきちんとやった。「簡単なことを続けることで自然と道が開け、それまで見えなかったものが見えてきました」。 その後、シドニーを通して多くの仲間が坐禅を組みにやってきた。そのうちのひとりがカナダに移らなければならないと去っていった。「これはお供えに」と封筒を手渡した。中を開けてみると、数年分のアパート代に等しい金額の小切手だった。 数年後、時々禅堂に来ていた老夫婦から「会いたい」というので、一緒にお茶を飲んだ。その時「あなたは遠く日本から来て、我々アメリカ人のために坐禅を教えてくれた。我々アメリカ人はあなたに何もしていない。私たちに何かお手伝いをさせて欲しい」という。数日後、小さなビルがひとつ買えるほどの額の小切手を渡された。老夫婦はさわやかに帰っていった。 ミスター&ミセス・カールソンとの出会いだった。夫妻の支援などでマンハッタンに正法寺を、キャッツキルに禅堂金剛時を開単(かいたん)した。 9歳で初めて宗教を体験、中学校を卒業すると、運命の人、中川宋淵老師との出会い、辛い修行に耐えてきた。その後、ハワイ大学で学び、ここで禅を西洋に伝えた鈴木大拙博士から多くのアドバイスをもらった。 「一心、一念、我が道を歩み続ければ、道は自ら開けてくるもの」と最後に結んでいる。(吉) 同書はニューヨーク禅堂正法寺で20ドル(税金込み)で販売している。希望者は212・861・3333、愛法まで。