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市内ブルックリンの高校「エクスペディショナリー・ラーニングスクール・フォー・コミュニティー・リーダーズ」(サラ・ウィークス校長)の生徒5人が、「広島、長崎の被爆者を取材する」プロジェクトで、4日、市内の高齢者用住居「イザベラハウス」に住むナンシー・ケントウェルさんを訪ねた。 ケントウェルさんは、在日韓国人として日本で生まれ、広島の看護学校時代に被爆し、看護師として救助に当たった体験がある。日本語の著書「わだち」、英語の翻訳本「ア・ライフ・イン・スリーマザーランド(ジャパン、コリア、US)」でつづっている。 「原爆が落ちた時、どんなことを感じましたか」「家族を原爆で亡くされましたか」「看護師としてどんな救助活動をされましたか」「病因の様子について話してください」など、いろいろな質問が投げられた。 「原爆投下3日後に広島市内にトラックで行きました。死者に混じって横たわる被爆者の皮膚の下にはうじ虫がわいていたので、ホースを使って水で流しました。泣きたくなったけど、看護師としての使命感だけで頑張りました」とケントウェルさんが身振り手振りで話して聞かせた。 「当時の学校では、女生徒もみんな槍の訓練をしたものです。私も訓練を受けました」とケントウェルさんが話すと、生徒たちはさすがに顔色を失っていた。 逆にケントウェルさんが生徒たちに「アメリカが原爆を落としたのは正しいことだと思いますか」と聞くと、全員が「思わない」と答え、本や新聞記事で読んだ知識を自分たちなりに分析した意見を述べていた。 引率したラモンシト・ラゾン教師も「僕はフィリピン系で、実は広島・長崎の原爆についてはよく知りませんでした。今日はとてもいい勉強になりました」と話していた。 生徒たちはほかにも様々な社会見学授業を企画している。戦争関連では、ホロコーストを生き延びた人などにも取材をしてきた。「戦争体験者がだんだん少なくなっている今、僕たち若者として、少しでも生の声を聞いておきたいと思う」と話していた。