2017年09月08日号 Vol.309

古都プエブラで活躍した画家
バロック時代のメキシコ
「クリストバル・デ・ビジャルパンド」


高さ8mを超えるクリストバル・デ・ビジャルパンドの祭壇画「主イエスの変容(上部)とモーセと青銅の蛇(下部)」1683年
Photo by Manami Fujimori


Agony in the Garden, ca. 1670-79. Collection of Museo de El Carmen, Mexico City


Annunciation, 1706. Collection of Museo Regional de Guadalupe, Zacatecas, Mexico


古代マヤ文明やアステカ文明の遺跡で有名なメキシコ。スペインからの独立を果たした革命後には、オロスコ、リベラ、シケイロスの三巨匠による壁画運動が始まり、現代美術の潮流を作り出した。が、植民地時代の芸術といえば、文字通りコロニアル・アートと一括りにされ、個々の芸術家の名が語られることは少ない。本展は、メキシコが「ヌエバ・エスパーニャ(新スペイン)」と呼ばれていた17世紀後半、古都プエブラで活躍した画家クリストバル・デ・ビジャルパンド(1649頃〜1714)の作品を集めた珍しい展覧会だ。
目玉は何といっても、高さ8メートルを超える壮大な祭壇画である。プエブラ大聖堂のお御堂の一つを飾る作品として注文制作されたもの。異なる主題「主イエスの変容」と「モーセと青銅の蛇」で構成された上下二連の大作であり、館内中央のいちばん奥、ロバート・レーマン・ウィングの中庭に展示されている。一階と地階に広がる回廊型のこのギャラリーは、大富豪のコレクター、ロバート・レーマンの寄贈による美術品だけを集めた展示室だが、近年は、特別展の会場としても使われている。二層吹き抜けの中庭は、ビジャルパンドの祭壇画にこれ以上ないほどのオーラを与えることになった。
というのも、一階中央の中世美術のギャラリーからレーマン・ウィングに近づいていくと、まずは半円形の画面上部のみが目に入ってくる。真っ白でピンクがかっていて、柔らかな光に満たされた、何やら神々しいもの。本当に美しい。それが天上の雲であり、イエス・キリストの無垢のローブを描いたものだと分かるや、「そうか、この画家、大したものだな」という気持ちでいっぱいになる。
祭壇画の下半分は、旧約聖書にあるモーセの奇跡の場面だ。バロック的な光と闇の対比の中、蛇に噛まれて身悶えする人々と救済されつつある人々の表情やポーズが劇的に表現されている。背景の崖や山道、滝の飛沫は、上半分の新約聖書の場面とスムーズに繋がり、全体として、やがて来るべき十字架上のイエスの受難を予兆するものとなっている。
旧約と新約の聖書物語の合体は珍しくないが、ビジャルパンドのプエブラ祭壇画は、他に例のない組み合わせだという。なるほど、画面右下にはっきりと記された「ビジャルパンド、インベントール(発明家)」の署名が、この画家の自負を物語っている。生年も生い立ちも定かではない。生涯、メキシコの外へ出たことのない画家だった。しかし、イエズス会の布教でカトリックの教えが根づいた新大陸には、ヨーロッパから大量の宗教画が持ち込まれた。ルーベンスやレンブラントの有名作をもとにした銅版画を見る機会も多かったに違いない。
実際、メキシコ市の大聖堂や教会、近郊のフランシスコ修道院を舞台に多くの祭壇画を残したビジャルパンドは、後年、ヌエバ・エスパーニャ随一のルーベンスの後継者と目されたほどだった。本展では、祭壇画のほか、小品を含め10点の絵画が紹介されている。その力量を確かめるまたとない機会だが、ルーベンスといえば神話画に託された官能的な女性像を思い描く向きには、比較はなかなか難しい。
とはいえ、ヨーロッパ美術の亜流かと思われたこの画家の創造世界は、予想外に重みがある。「聖家族」に描かれた遠景の天使たちの薄靄感と前景のマリアとヨセフ、幼子イエスの重厚感(なるほどルーベンス!)。これぞバロックというべき非対称の斜めの線が強調された「聖マリアの御名」は、画題も構成も珍しい。ビジャルパンドの独創性は、晩年に至るほど磨きがかかってくるようで、馴染みの「受胎告知」でさえ、主役のマリアと大天使のお姿より、背景の円形劇場の客席を埋める無数の天使たち、シャボン玉のようなその儚き存在に目を奪われてしまう。
本展は、長年かけたプエブラ祭壇画の修復完成を記念しての初の海外展とのこと。ルネサンスやバロック美術などオールドマスター級の個展となれば、これまではヨーロッパの芸術家が中心だった。本展を機に中南米のコロニアル時代の美術を専門とするキュレーターが採用されたという。美術史の見直しは、現代アートばかりか古い美術の領域にも広がっているようだ。(藤森愛実)

Cristóbal de Villalpando:
Mexican Painter of the Baroque
■10月15日(日)まで
■会場:The Metropolitan Museum of Art
 1000 Fifth Ave.
■大人$25、65歳以上$17、学生$12
 12歳以下無料
www.metmuseum.org


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