2015年12月19日号 Vol.268

混乱する世界、迎える大統領選挙
栄光に包まれていた米政権とは・・・
文・内田忠男
(国際ジャーナリスト、名古屋外国語大学・大学院客員教授)


2016年は大統領選挙の年である。
 私がアメリカの大統領選挙を間近に見た最初は1976年だった。もう40年も前になる。新聞社のロサンゼルス特派員として赴任した翌年のことで、当時カリフォルニア州知事だった若かりし日のジェリー・ブラウンが民主党の大統領候補指名予備選に名乗りを上げていた。私は、その運動を取材しながら、アメリカの世相と大統領選挙、そしてアメリカの民主主義の実像を日本の読者に伝えようとしていた。
 当時のアメリカは、ベトナム戦争での事実上の「敗北」に続いて、大統領の犯罪・ウオーターゲート事件の発覚で、アメリカ人が好んで口にする「アメリカの正義」が根底から揺らぎ、アメリカ全体が自信を喪失しているように見えた。
 そういう時代認識をベースに質問を繰り出す日本人記者に、ブラウン知事が丁寧懇切に応答してくれたのを覚えている。ただ、この予備選でブラウン知事は勝てなかった。東部ジョージア州で直前まで知事を務めていたジミー・カーターが指名を獲得し、本選挙でも、現職だったジェラルド・フォードを破って大統領に選出された。
 そのカーター政権は、私に言わせれば目を覆うばかりの惨憺たる失政の連続だった。
 経済政策の無策で、市中金利が一時20%を超す(ゼロ金利が世界中を覆う今日では考えられない、高利貸もビックリする)異常な状況を生み、さらにイラン革命後にアメリカの外交官多数が人質となったテヘランの大使館占拠事件にも有効な対策が打てず、苦悩の末に決断した米軍特殊部隊による強行救出作戦は、当然予期すべきだった砂漠の砂嵐を理由に惨めとしか言いようのない失敗に終わった。4年後の選挙で「強いアメリカの再生」を掲げたロナルド・レーガン共和党候補に惨敗して、1期だけの大統領に終わる。
 ついでに言えば、若き日のジェリー・ブラウンは2期8年の任期を全うして知事の座を退いたが、2010年の選挙に再出馬して当選、いま2度目の知事に就任している。
 この76年選挙を手始めに、10回に及ぶ大統領選を、私は何らかの形で伝え続けてきた。2016年は11回目になる。
 この40年間に、大統領選挙も随分と様変わりした。特徴的なのは、予備選レースの時期がドンドン繰り上がって、その期間が長くなったこと。前年の暮れというのに、もはや終盤戦の様相さえ呈している。そして、私が痛感するのは、候補者の質が回を追うごとに劣化していることだ。
 既に民主党はヒラリー・クリントンが一人旅。共和党では、ドナルド・トランプが世論調査の首位を独走している。来年夏の民主、共和両党の大会で誰が指名を獲得するか、まだ判らないが、ワクワクするような本選挙が待っているようには思えない。
 思えば、アメリカが栄光に包まれたのはレーガン政権が最後だった。選挙での公約通り、経済でも外交安保でも本当に「強いアメリカ」を再建し、2期目発足後、ソ連に登場したゴルバチョフとの会談を重ねて冷戦終結に持ち込んだ。
 1990年代のビル・クリントン政権を評価する向きも少なくないが、90年代のアメリカの繁栄は、冷戦終結とインターネットの民生化がもたらしたグローバル化の先頭に立てたお陰であって、クリントンの政策によるものではなかった。クリントンは、良いトコ取りをしたに過ぎない。
 そしてレーガン以後のアメリカ政治は、常にブッシュとクリントンという二つのファミリーに支配されてきた。この両家を「王朝」などという人がいるが、この両家の品格は、到底その呼び名には値しない。クリントン夫妻を一言で言えば、ウソつきで見栄っ張りでカネに汚い。ブッシュ家を一言で言えば、アメリカの、そして世界のリーダーたり得る知性と教養を備えていない、ということになろうか。
 08年選挙でバラク・オバマが当選したが、彼が掲げた「Change」 と「Yes, We Can」の標語は、まさしく看板倒れに終わろうとしている。クリントンもオバマも弁舌は立つが、信義に乏しいか、弁舌を現実化する手腕に欠けている。オバマが輝いていたのは、チェコの首都プラハまで出向いて「核兵器のない世界」を提唱し、その演説だけで、その年のノーベル平和賞を受けた時までだった。アフガンやイラクでの戦争を終わらせるという公約に誤りはなかったろうが、それを現実にして行く過程で、いくつもの過ちを犯した。その結果、中東の現状を見るがいい。アフガンもイラクも、さらにシリアまでが、激しい内戦の渦中にあって、そこに残忍としか言いようのない「イスラム国」まで誕生してしまった。アラブ諸国に広がった民主化への動きを「アラブの春」と囃し立てただけで、細心な後始末をするチエさえなかった。このために、リビアもエジプトもイエメンも混乱の極にある。
 この八方ふさがりとも言える状況を打開すべき次の大統領が、いま名前の挙がっている中から出るようでは、とても期待の持てるものではない。国内はおろか、国際社会で広範な支持を得ることもできないだろう。
 むろん、アメリカにも上等な人々はいる。が、そうした人々の多くが政治家を志すことをしない。間尺に合わないからだ。
 例によって、ナイーブこの上ない日本のメディアは、ヒラリー・クリントンを「アメリカ初の女性大統領」になると期待し、ドナルド・トランプを「不動産王」などと持ち上げる。「アメリカ初の女性大統領」が、何故ヒラリーでなければならないのか、という考察はしない。トランプに「王」と呼べる資格が備わっているかについても検証しない。
 私の見る二人の心象風景は、品性の良くない目立ちたがり屋が、精一杯、民衆を欺いて、自らの欲望を満たそうとしているに過ぎない。二人に共通するのは強烈な自己顕示欲だが、それは、大統領になることが「自分のため」であって、「国家」や「国際社会のため」でないことを明らかに示している。
 5年前に永住権を放棄したが、それを後悔させる政治が、アメリカに戻る気配はなさそうである。
 (敬称略)

HOME