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目玉は「眠れる森の美女」
装置もコスチュームも一新
リンカーン・センターを本拠地とするニューヨークのバレエ団には二つあって、ここで紹介するのは、春のシーズン・プログラムが発表されたばかりの「アメリカン・バレエ・シアター(以下ABT)」である。もう一つの「ニューヨーク・シテイ・バレエ」は、20世紀最大の振付家ジョージ・バランシンが育てたバレエ団で、モダン・バレエの要素が強い。「チャイコフスキーのパ・ド・ドゥ」といった抽象的な一幕もので、その点、ABTは全幕通しの古典バレエが中心になっている。かつてヌレエフやバリシニコフが活躍したABTは、ゲスト・ダンサーも国際的。会場がメトロポリタン・オペラハウスだということも、私が贔屓にする理由の一つである。
注目したいのはやはり、カンパニーを構成する団員たちだ。ここ数年、ABTは男性ダンサーの層が厚く、ホセ・マヌエル・カレーニョ(キューバ)、マルセロ・ゴメス(ブラジル)、アンヘル・コレーラ(スペイン)ら、スペイン・中南米系が断然強い。褐色の強靭な身体から生み出される大迫力のジャンプに、一瞬、会場全体の息が止まる。この一瞬を共有するだけでも「ああ来てよかった」の価値がある。
女性陣では、昨年、批評家筋から絶賛を浴びたディアナ・ヴィシニョーワ(ロシア)がやはり一番の注目だ。驚愕の長い手足を使った、しなやかでのびやかな動き。精緻で激しい感情表現も見物だ。もちろん、楚々としたジュリー・ケント(米国)の内面の表現は心に残る。ちょっと古くさい「ジゼル」のような物語でさえ、彼女が踊れば恋の痛手に感涙してしまう。また、エネルギッシュなパロマ・エレーラ(アルゼンチン)の誇り高き存在感。指の先までの演技も素晴らしい。
配役でもう一つの楽しみは、イリーナ・ドヴォロヴェンコとマクシム・ベロツェルコフスキーのご夫婦カップルの登場である。ウクライナのキエフ・バレエの主役の座を捨てて西側に渡った二人は、異国で一からやり直し。ABTではコール・ド・バレエ(群舞)からの出発となったが、いまやともにプリンシパル(主役ダンサー)に昇格した。以来、「白鳥の湖」などペアの役を二人で踊ることが多く、心持ち長めのキスシーンや抱擁のシーンには、会場からため息と笑い(!)が。
ところで、肝心のプログラムはといえば、この春の目玉はまず、装置もコスチュームも一新の「眠りの森の美女」。チャイコフスキーの三大バレエの一つで、クラッシック・バレエの元祖マリウス・プティパの振り付けをもとにABTの芸術監督ケヴィン・マッケンジーが新たに振り付けた。舞台装置なら、カボチャの馬車もお城もすべてアールデコの「シンデレラ」が楽しみ。また、シェイクスピア・フェスティバルと銘打って「ロミオとジュリエット」「オセロ」、『真夏の夜の夢』を下敷きにした「ドリーム」が上演される。もちろん、バレエといえばの定番「白鳥の湖」も。
が、この春一番の期待は、あまり上演されることのない二つの作品「ラ・バヤデール」と「マノン」に尽きる。古代インドを舞台にしたロマンチックでエキゾチックな悲恋の物語「ラ・バヤデール」と、同じ叶わぬ恋の物語でもプリンセスならぬ娼婦が主役の「マノン」。大仏まで登場する豪華絢爛な舞台が評判の前者に対し、ルイジアナがまだフランスの植民地だった頃の寂れた沼地で幕を閉める後者と、それぞれにみどころも多い。この二つの作品については、予習の意味で簡単なあらすじをまとめてみた。
La Bayad俊e Paloma Herrera as
Nikiya Photo: MIRA
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古典バレエの傑作で初演は1877年
24人の優雅なポワントは絶品
[ラ・バヤデール]
バヤデールとは、インドの神殿に仕える巫女にして舞姫のこと。中でも美貌の舞姫ニキヤは、兵士ソロルと永遠の愛を誓うのだが、彼には実は婚約者がいる。ラジャの娘ガムゼッテイだ。婚約式で、皮肉にも祝宴の舞を踊らされるニキヤ。この場でのニキヤとガムゼッティの対決の踊りは、第一幕の見どころのひとつ。ターバンを巻いた男性舞踊手や巨像の登場など、オリエンタリズムもいっぱいだ。
ニキヤはしかし、ラジャの画策によって、花かごの中に隠されていた毒蛇に噛まれて息絶えてしまう。悲嘆と後悔にくれるソロル。夢の中でニキヤの亡霊に出会い、結婚式の当日も彼女を忘れることができない。すると突然、大神殿が崩壊する。神々の怒りに触れたのだ。やがて瓦礫の中からニキヤが現れ、ソロルを彼岸へと連れていく。
「ラ・バヤデール」は、もともと4幕7場の長大作で、初演は1877年。ロシア宮廷バレエの傑作にして、マリウス・プティパの代表作。ニキヤの亡霊が現れる「影の王国」の幻想シーンは、白一色のチュチュをまとった総勢32人の群舞によって古典バレエ屈指の名場面といわれる。が、ロシアの外で上演されたのは、実に1960年代に入ってから(キーロフ・バレエのロンドン公演で、このときヌレエフが亡命した)。
以来、ヌレエフを初め、多くの人が改訂振り付けし、実にたくさんのヴァージョンがある。ABT版は、1980年にナタリア・マカロワが創作したもので、第二幕などかなり短縮されている。群舞の32人もここでは24人だが、優美なポワント(つま先立ち)や、荒川静香も顔負けのイナバウアーのポーズがたっぷり見れるはず。超絶技巧のブロンズ・アイドルの踊りも復活。そして、神殿崩壊のスペクタクルはあるのか。期待は尽きない。

Manon Julie Kent and Jose Manuel
Carre撲 Photo: MIRA |
アクロバット的な跳躍が見もの
リフト多用した名場面続々
[マノン]
マノンもまた、アベ・プレヴォーの小説『マノン・レスコー』を原作に、オペラや映画、絵画作品のタイトルにもなっていて、さまざまなヴァージョンがある。私の場合、80年代のアイドル、烏丸せつこが主演した映画「マノン」の印象が一番強いのだが、それはともかく、マノンとは、男を惑わす悪女(ファム・ファタール)の代名詞。豪奢と快楽を好み、しかも無垢で純真な心を持つ。そのマノンの虜になるのは、まだ17歳の神学生、デ・グリューだ。
「ああ、どうして出発の日をもう一日早くしておかなかったのだろう!」という後悔の文章で小説は始まるが、それもそのはず、デ・グリューは、帰省の途上、パリ郊外のアミアンの宿屋でマノンと出会ってしまう。そして、心奪われる。彼女のためにあらゆる罪業を犯すことになっても、母親の財産を使い果たしても、彼女を諦めることができない。マノンの方は、富豪の親爺と浮かれているというのに。
このバレエは、初演が1974年のロンドンのロイヤル・バレエで、ケネス・マクミランの振り付け。アクロバット的な跳躍やリフトを多用した息もつかせぬ名場面で知られている。また、18世紀フランスの華やかだが退廃的な社会の中、それぞれの欲で動く富豪貴族やマノンの兄、官憲など、小さな役回りでも内面描写が深い。破滅へと落ちていく若い二人の愛と死のドラマ。そう、ここでも死ぬのは女性の方なのだが、恋の道行きの果ての果ては、なんとルイジアナの湿地帯、当時のフランスの流刑地である。
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