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 よみタイムについて
 

よみタイムVol.70 2007年8月3日発行
号掲載

アート体感
美術館は夏のオアシス。日常の喧噪を離れ、日常の疲れを癒す、まさに現代の大聖堂だ。この夏はとりわけ体感的な展覧会が多い。夏を乗り切る、涼しくて気持ちのいい展覧会をご紹介!(文・藤森愛実)

けっこう悪くない企画!

レッドフックの屋外プールだ、映画館だと、夏の過ごし方を話題にしていた友人が、突然、宣言した。「でもやっぱり美術館が一番だわ。MoMAの『リチャード・セラ』展、すごいわよ。好き嫌いはともかく、ああいうアートを見るってだけで気持ちがすっきりする」。 
 まったく同感だ。美術館は気持ちがいい。そうあらためて思ったのは、先日、日本からのお客さまをマンハッタンの上から下までご案内したときのこと。「グッゲンハイム美術館も見たい」という。「えっ、これから美術館!?もう足が棒だというのに」と思ったものの、美術館に着いて中に入ったら、足の疲れは嘘のように消えた。来る道中の渋滞や喧噪も遠い彼方に消えてしまった。
 サンクチュアリ(聖域)とはよく言ったもの。観客で混み合っていても、館内は静かである。日常とは別の空間がある。かといって窮屈な場所ではない。暑い夏を過ごすには、美術館はいい避暑地なのだ。冷房が効いて、文字どおり涼しい。そしてこの夏は、けっこう悪くないのだ。何が?といえば、企画展の内容である。
 近年の収蔵品をひとつのテーマでまとめたグッゲンハイムの「空間の形」展、懐かしのサイケデリック・アートを取り上げたホイットニー美術館の「サマー・オブ・ラブ」展、くだんのセラの巨大彫刻のすべてを見せるMoMAの「リチャード・セラ:40年の彫刻」展、そして、セラと同年代のフランク・ステラの鉄の彫刻を配したメトロポリタン美術館の「屋上のフランク・ステラ」展。このメトでは、春にお披露目されたギリシャ・ローマ美術の新展示室も見逃せない。
 入場料は高い。ブルームバーグ市長に陳情したいほどだ(ついでにいえば、美術館のカフェというものも、昨今、高くなった)。が、滞在期間が限られている観光客はともかく、地元民であればお得な曜日や時間帯を何度でも利用できる。そんな情報も含め、企画展の見どころを以下にざっくり紹介する。夏を乗り切る、涼しく気持ちのいい展覧会のご推薦。
グッゲンハイム美術館
Solomon R. Guggenheim Museum

1071 Fifth Ave. at 89th St.
Tel:212-423-3500
www.guggenheim.org
入場料:18ドル7金曜5時45分から7時45分までは随意

Ricci Albenda Portal to Another Dimension (Deborah), 2001

Wasily Kandinsky Several Circles, 1926
若手から巨匠の作品が

 グッゲンハイムはいま、外壁を修復中だ。館全体が足場と金網に覆われ、包帯姿の病人のようでちょっと痛々しい。が、中に入れば、壮大な吹き抜けロビーと真っ白なスパイラルが待っている。展示の始まりは、アリソン・ショッツの透明なカーテンだ。丸いプラスチックを数珠つなぎにしたもので、周囲も観客も反対側の外の景色も取り込んで、万華鏡のごとくマルチプルな空間を映し出す。また、スパイラル途上の小展示室を埋めるのは、ピオトル・ウクランスキーのダンスフロア。ネオンカラーのライトが緩やかに点滅するデイスコ空間だ。
 フランク・ロイド・ライトのモダン建築にこんな遊び心の作品が並ぶのは楽しい。若手の作品をいち早く買い上げるグッゲンハイムの姿勢も頼もしい。また、現代アートに混じって、巨匠カンディンスキーやルーチョ・フォンタナの絵画が登場する。アートが扱う空間には、絵画空間もあれば、インスタレーションの建築的空間、映像の時間空間、はたまた、主題としての社会的、政治的、心理的空間もあるわけだ。さまざまな比較を促しながらグッゲンハイムのいまを見せる、ちょっと粋な展覧会である。
近代美術館
The Museum of Modern Art (MoMA)

11 West 53rd St.
Tel:212-708-9400
www.moma.org
入場料:20ドル7金曜4時から8時までは無料
リチャード・セラ展
分厚い鉄板に威圧感


 MoMAはテーマ展が苦手である。グッゲンハイムやホイットニーと違って、本展は、MoMAお得意の、一人の作家の回顧展。主役のリチャード・セラは、巨大な鉄の彫刻で知られている。ものを作るというより、展示空間と観客の関係に介入する。彫刻とは何か、空間とは何か。が、近年、その介入はとりわけ威圧的になっているようだ。分厚い鉄板がいつ倒れるとも知れない角度でそそり立つさまは、圧倒を超えて何やら危険である。
 とはいえ、赤錆の鉄の表面はすこぶる美しい。流線型のそそり立ちは、ときに巨大な船のようにも見える。フォルムとバランスにある緊張感は、初期の作品から一貫している。たとえば、1969年に発表された<1トンの仕掛け>。別名を<カードの家>というように、4枚の鉄の板がトランプのカードを立てたようにルーズな箱型を構成する。上部を5枚目の鉄板が塞いでいる。が、どの鉄板も接合されることなく、互いに触れ合う絶妙の角度で自立している。
 セラは、1939年サンフランシスコの生まれ。イエール大学の奨学金を得て、60年代半ばにパリに留学し、ブランクーシの彫刻を徹底的に研究する。1970年には日本を訪れ、京都最大の禅寺、妙心寺に6週間滞在している。寺と庭石の構成を日夜眺めることで、空間、時間、ものの動きを知覚するとはどういうことかを学んだという。

Richard Serra Intersection II, 1992-93
Photo: Lorenz Kienzle

Richard Serra
Photo: Lorenz Kienzle
ホイットニー美術館
Whitney Museum of American Art

945 Madison Ave. at 75th St. Tel:800-944-8639
www.whitney.org
入場料:15ドル7金曜6時から9時までは随意

Bonnie MacLean "Bill Graham Presents the Yardbirds, The Doors, James Cotton Blues Band, Richie Havens," Poster, July 25-27, 1967
光とサウンドの瞑想空間

ホイットニーの2、3階は、文字どおりサイケデリック。幻惑的な縞模様や極彩色のポスターが壁を埋め、光とサウンドの瞑想空間があちこちに顔を出す。記録写真から浮かび上がる、60年代のヒッピー、反戦運動や公民権運動、ドラッグ文化、カウンターカルチャー。そう、サマー・オブ・ラブとは、1967年の夏、サンフランシスコはハイトー=アシュベリー地区に世界中から集まった若者たちの祭典(フリーフード、フリードラッグ、フリーセックス)のことなのだ。あの時代を生きた世代にも、知らない世代にも、一種ノスタルジックで、近年のトリッピーな映像やサイケなコラージュ作品のルーツを見る思いがする。
 展示のほか、本展の案内パンフにも注目したい。開けば一枚の大きなポスターで、若きボブ・ディランが写っている。表のレタリングに注目すれば、渦巻き模様の数字(年代)の中に時代の息吹が詰まっている。
 1965年:ベトナム戦争拡大/アレン・ギンズバーグの平和行進「フラワー・パワー」/1966年:ロンドンで「オーブリー・ビアズリー」展開催/ジョージ・ハリスン、インドでラビ・シャンカールに師事/「サイケデリック・ショップ」がサンフランシスコに初登場/ベトナム反戦運動、全米に広がる/1967年:サンフランシスコのゴールデンゲート・パークでビーイン/ニューヨークのセントラパークでビーイン/ミュージカル「ヘアー」初演/1968年:映画「2001年宇宙の旅」/マーチン・ルーサー・キング牧師暗殺/パリ五月革命/ロバート・ケネディ暗殺/1969年:映画「イージー・ライダー」/ジョンとヨーコのベッドイン/ウッドストック音楽祭開幕/1970年:ビートルズ解散/ジミ・ヘンドリックス死亡/ジャニス・ジョップリン死亡/オハイオ州立ケント大学で反戦学生と米機動隊の衝突
メトロポリタン美術館
The Metropolitan Museum

1000 Fifth Ave. at 82nd St. Tel:212-535-7710
www.metmuseum.org
入場料:20ドルもしくは随意7金・土曜は夜9時まで開館

「屋上のフランク・ステラ」展示風景(Photo: Manami Fujimori)

新ギリシャ・ローマ美術ギャラリー
屋上の彫刻庭園見もの

フランク・ステラ(1936年生まれ)はセラと同年代で、同様にスチール彫刻を手掛けている。60年代のデビュー当時、黒の地にストライプのミニマル絵画で注目を集め、その後、カラフルで派手な動きの彫刻に爆発し、いまは建築にも手を染めている。作品展開では、セラとは正反対に種々のスタイルを試みてきた作家だ。美術館の屋上に展示された彫刻の中で、<中国パビリオン>は、縦軸と横軸、直線と曲線が拮抗する鮮やかな形態だ。セントラルパークや周囲の高層建築の絶景にも負けず、独特の存在感を発揮する。屋上の彫刻庭園は、毎年、春から秋中盤までのオープンだ。
 何度見ても歩いても気持ちのいい空間は、新装なったギリシャ・ローマ美術の展示室である。何が違うかといえば、ひときわ明るくなった。地中海の陽光だ。また、カフェテリアへと急ぐ通路だった部分が、東西の両翼とスムーズに繋がって、広々とした展示室に変わった。そして、メトの象徴でもあったカフェテリアの消滅。もともとのローマ風アトリウムに戻すべく、人3人分はありそうな重厚な丸円柱や象眼の黒大理石の床が復元した。ヘレニズム様式の優美な彫像や頭像は、どれもケースなしで直に展示されている。大理石の肌が、手で触れそうな近さにある。信じがたい至福の瞬間である。