2018年1月12日号 Vol.317

同時多発テロが生んだ人々の絆
善意にあふれたミュージカル
「カム・フロム・アウェイ」



The cast of COME FROM AWAY, All photos by Matthew Murphy, 2017


開幕してからもう10ヵ月も経つのに、まだ毎朝6時台から数十人もの人たちがラッシュチケットを買い求め、列を成しています。目立ったキャスティングはミュージカル「メンフィス」主役のチャド・キンバルくらい。
行ってみて、納得しました。舞台に広がっているのは、椅子とテーブルだけ。今までにあったようでなかったこの「手づくり感」満載の、温かで観劇後の爽快感がたまらないミュージカルがこの「カム・フロム・アウェイ」なのです。

ストーリーは、ニューヨーカーにとって決して忘れられない、2001年9月11日に始まります。あの日、同時多発テロ事件で米国の領空は直ちに閉鎖されました。米国に向かっていた38機の飛行機は、カナダのニューファンドランド島にある、燃料補給用のガンダー空港に強制着陸させられました。
人口わずか1万人、普段は漁業をもっぱらとする自然に囲まれたのどかな小さな町に、さまざまな国籍を持つ7千人もの乗員・乗客が、いきなり降ろされたのです。
1日中、機内で待機させられた乗客たちは、翌日、町内にある学校や公共施設に移されます。乗客の中には、イスラム教徒から80歳になる老人、おしめが必要な赤ちゃん、そしてペットの猫犬17匹や、動物園に向かう2匹のチンパンジーもいました。
突然の「来客」たちに戸惑いながらも、町民は着替えや食べ物だけでなく、電話やインターネットまで提供。町を挙げて彼らが不便な思いをしないよう、礼を尽くします。中には自宅に招いてご馳走をふるまい、車を貸す厚意を示す人も。
面白いのは、登場人物12人全員が出番がない人も、舞台上に常に板付きになっていること。衣装だけをその場で着替えて、町民と、乗員・乗客の双方を演じているということです。小道具やナレーション、セリフのアクセント、演技だけでひとり3~5役をこなしていきます。
5日目、乗員・乗客らはようやく自国に帰れることになります。このわずか5日の間に、双方の間には友情を超えた「絆」まで生まれていたのです。
乗客の中には、温かいもてなしへの感謝の印として、町にお金を置いておこうとする者も。しかし、町民はこのお金を受け取りませんでした。
ここで当時のニュースでは報道されなかった、ある心を打つ事実が、エピソードとして紹介されます。
ある米国の大学で奨学基金調達を手がけていたアトランタの女性が、ようやく帰ることができる飛行機の中で、ガンダーの子供たちのために奨学基金を創る決心をするのです。彼女の呼びかけに、乗客の多くが賛同。飛行機がアトランタに到着するころには、何と2万ドルもの基金が集まったのです。
この基金のおかげで、ガンダーの何百という子供たちは今でも大学に無料で行けています。
「恩返し」はこれだけにとどまりません。その後、会社社長にまで昇りつめた男性は、毎年9月11日が訪れるたびに、全社員に「人のために使うように」と100ドルずつを支給するようになりました。ガンダーに降り立った乗客の中には、人々を助けようとして世界貿易センタービルで命を落とした消防士の息子を持つ母親もいました。彼女は息子の死に落胆し、苦しむ自分を支えてくれたガンダーの町に、毎年9月11日に戻ってくるようになったのです。
この物語を見ていて襲われる感情は、出会いや別れにまつわる切なさや不安から、悲しい現実を突きつけられ、ハッとする場面で直面する緊張や無力さ、怒り、やるせなさ…。思いやりを受け、ほっこりとするやさしさなど、ありとあらゆる感情がそこに渦巻ていることをあなたは発見するはずです。
「タイタニック」というセリフが出てきたときには、映画「タイタニック」のテーマ曲のサビのフレーズがそのまま出てきたり、観客を楽しませる要素も盛りだくさん。
スピード感あふれるあっという間の100分間が終わり、総立ちのカーテンコールであなたの心を満たしているのは、前向きな気持ちに他なりません。
自然にこだわった舞台美術には、この舞台のために切り出された樹木が配され、連日のライトの明かりに芽吹いてしまったという面白エピソードも。ロスで始まったこのミュージカル。ブロードウェイ入りする前に、ガンダーでコンサートを開き、地元民にお披露目を果たしたというエピソードもまた、心が温まります。
善意にあふれたミュージカルで、あなたも心洗われてみませんか?(佐藤博之)

Come From Away
■会場:Gerald Schoenfeld Theatre
 236 W. 45th St.
■$79〜
■上演時間:1時間40分
comefromaway.com


HOME