2017年2月10日号 Vol.295

人種・宗教・言語
全てを超越し、鳴り響く
サックス奏者 カーク・ウェイラム


アメリカ音楽のルーツを探れば、ブルース、ソウル、R&Bが息づいた米国南部にあるテネシー州メンフィスへ辿り着く。そうした音楽は元をただせばゴスペル音楽。そのメンフィスで生まれ育ったカーク・ウェイラムは、神の代弁者としてサックスの音色でゴスペル伝統を継承する。

ソウルミュージックと共に育ったカークは、当時感じていた人種差別や世界への憧れなどが引き金となり、18歳でメンフィスを飛び出す。ボブ・ジェームスに才能を認められ、以後、クインシー・ジョーンズ、ルーサー・ヴァンドロスなど数々の一流アーティストと共演し、ソロ・アーティストとしてもスムーズ・ジャズにおける第一線のサックス奏者として成功を収め、グラミー賞にも11度ノミネートされる。
その輝かしいキャリアの中でも、7年間ツアーで活動を共にした故ホイットニー・ヒューストンとの仕事は有名で、1992年に発表された「オールウェイズ・ラヴ・ユー」では、美しく甘いトーンでサックス・ソロを披露している。同曲が収録された、映画「ボディガード」のサントラ盤は、グラミー賞最優秀アルバム賞に選ばれ、空前絶後のスマッシュヒットとなった。
「『兄妹』として、もっと親しくなれれば良かったのにと思う。僕が一緒に居た頃は他のメンバーも含め、ホイットニーの才能を信じて、引き立て、でも、決して彼女から何かを欲したりはしなかった。とても良い人だった。ただ音楽面で言えば、あれだけの才能と素質がありながら、理論やピアノを習ったり、作曲をしなかったのは残念だった。もし彼女が音楽を学ぶことにも積極的だったら、彼女の人生は変わっていたかもしれない」と薬物使用が引き金となって他界した早過ぎる彼女の死を、切ない気持ちで語るカーク。

1985年からメジャーのコロンビア・レコードに12年間在籍したカークだったが、突如、契約を打ち切られる。
「ある日、新作のレコーディングについてマネージャーと話をした時、何も知らされないうちに契約を切られたことを聞いた。途方にくれたね。今思うと、それほど大したことではないと思えるのだけど、その頃は若かったから絶望の淵に追い込まれた感じだった。でも妻に言われたんだ。『昨日できなかったことで、今日貴方にできることは何?』ってね」
それはカークの信仰、そして神との関係を綴り、伝えることだった。
「音楽的に言えば、審美的に豊かな高尚な芸術作品を作りたかった。お金もコネクションもなかったけど、無理を承知でお願いしたジョージ・デュークまで参加してくれ、周りの協力を少しずつ得ながら何とか完成させたんだよ」
それが、現在もなお続くアルバム・シリーズ「Gospel According to Jazz」の「Chapter 1」(1998年)である。その後も、グラミー賞最優秀ゴスペル楽曲賞を受賞した「It's What I Do」が収録された「Chapter 3」(2011年)、そして、最新の「Chapter 4」(2014年)を発表、「ゴスペルXジャズ=カーク・ウェイラム」と言うフォーミュラが生まれた。
「二度とメンフィスに帰るつもりはなかった」と昔を振り返るカークだったが、10年前に父の調子が悪くなったことをきっかけに、妻の賛同も手伝って故郷に居住を戻す。
「それまで主にジャズという分野で活動していたけど、実はメンフィス・ソウルの伝統と繋がっていたんだ。その中でもメンフィス・ゴスペルは特別な意味がある。過去の共演者たちが僕に求めていたものもゴスペルだった。そこに気がつくのに相当な時間がかかったよ」古巣に戻ってメンフィスの素晴らしさを再確認したカークは、この街が益々好きになっているらしい。

そのカークが、2月10日・11日、マンハッタンのシーン・センターで最新作「#LOVECOVERS」のプレミア・コンサートをフルバンドを率いて行う。同会場は芸術と思想、つまり精神性の高いアートを追求していて、ジャズとキリスト教という彼が取り組んでいるものとシンクロナイズしうる場所。
「#LOVECOVERS」は、スティービー・ワンダー、ビヨンセ、マービン・ゲイ、ホイットニー・ヒューストンのカバー曲などが収録されているが、ジャンルで言えば、ブラック、モダン、R&Bなど様々なゴスペル曲が並ぶ、カーク・ウェイラムが全身全霊を込めて、音楽という言語で語る、無条件の愛が詰まったアルバムだ。

ゴスペルと聞くと自分はクリスチャンじゃない、ゴスペル音楽には興味がないと敬遠するかもしれないが、カーク・ウェイラムにとって音楽は神との交信であり、愛を分かち合うツールなのだ。人種、宗教、言語、すべてを超越したところで鳴り響くカークのサックスは、きっと人々の心に共鳴する鐘を打ち鳴らすことだろう。(河野洋)

Kirk Whalum #LoveCovers
※出演: カーク・ウェイラム
 (ゲスト:リンゼイ・ウェブスター)
■2月10日(金)・11日(土) 7:30pm
■会場: Sheen Center - Loreto Theater
 18 Bleecker St.
■$35〜
sheencenter.org



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