2017年2月24日号 Vol.296

安らぎとノスタルジーを
心のオアシス歌う
シンガーソングライター:須田 宏美



人は気付かないうちにトンネルに迷い込み苦悩する。一筋の光を見い出し、トンネルを抜けると人生の岐路が立ちはだかる。人間はいつまで旅を続けるのだろう。道が人を作り、音楽が人生を彩る。シンガーソングライター須田宏美(すだ・ひろみ)は、真摯に生きる者へ、安らぎとノスタルジーをもたらす心のオアシスを歌う。

山梨県甲府市に生まれた須田は、幼少の頃から音楽に囲まれ、歌うことが好きだった。英語にも親しんだ。音楽は母の、英語は父の、娘に小さな頃から習得させたいという願いであり、思いやりだった。
須田にとって、バイオリニストの母との音楽の会話はとても楽しかった。同時にクラシックというジャンルが持つ特殊な重みとしきたりに反抗心も芽生えた。
「音楽は母との二人の時間であり対話だったのです。音当てをしたり、母がピアノ伴奏をして、私が歌う。でも親子の関係だからこそ生まれる反抗心も手伝って、ピアノはコンテンポラリーなポピュラー音楽への思いが大きかった。好きな曲があると母に譜面に起こしてもらい、それを演奏するのが好きでした」
中学校になると、ジャミロクワイやメアリー・J・ブライジの洋楽を聴き始めた。地元にはライブハウスやレコード屋がほとんどなかったこともあり、音楽への傾倒が海外に目を向けさせる。しかし、時期尚早という先輩のアドバイスを素直に聞き、ジャズへの思いを馳せつつ、青山学院大学で英米文学科を専攻。この4年は決して無駄な時間ではなかったと言う。
「ある時、教授に短編文学についての感想を求められ、正直に『よくわかりません』と答えました。すると先生は『作者から直接意味を聞いたとしても決してわかることはありません。わかったと思うおごりがあると、作品に歩み寄る努力を怠ってしまう』と仰ったのです」
世界中のミュージシャンが集まるニューヨークで、自分の尺度だけで伝えようとしても理解されないことは多い。謙虚な気持ちで相手に接する大切さを大学で須田は学んだと言う。
そして、ついにやってきた米国留学。バークリー音楽大学の4年が始まった。
しかし、入学して間もなくすると、心おどらせる須田に大きな難関が降りかかる。突然、低音が聞こえなくなったのだ。さらに耳の痛みが併発し、原因不明の問題に須田は精神的にも追い込まれる。最初は痛みをこらえてクラスに出席したが、音が聞こえないので、まともに歌うことすらできない。音程が取れない須田に白い目が集中する。
英語もままならない状態で、誰に相談していいかもわからず、専門医に診てもらうのにも半年待たなくてはならない。途方にくれた須田は第一学期が終わるや否や、帰国して専門医を尋ねた。米国では散々たらい回しにされ何も解決しなかったが、日本では直ぐに耳の中の浸透圧を変える薬などを投与してもらい、痛みは消え、聴力も戻った。
しかし、この時、低音聴力の極度の低下から、音楽が歪んで聞こえ、耳が聞こえなくなる恐怖から深淵に落ち込んだ須田は、本当にやりたいことはジャズなのか何なのか? 自分を深く見つめ直すターニングポイントを迎える。
デビューしたばかりのブラジル人シンガー、マリア・ヒタのボストン公演にヒントがあった。須田は伝説のブラジル人シンガー、エリス・レジーナの娘であることすら知らなかったが、ジャーナリストから歌手に転向したばかりのマリア・ヒタはエリスの生き写しのようで、真摯に歌に取り組む姿に感銘を受ける。マリア・ヒタの歌を研究するかのように彼女の歌を、そしてポルトガル語を勉強し始めた。そして、休暇を取り初めて訪れたブラジル、リオデジャネイロ。好きな音楽が生で聴ける毎日の中で、須田はどんどんとブラジルを吸収していった。やがて「自分の音楽を見つけたい」そんな思いに無性に駆られた。

バークリーを卒業し、ニューヨークに拠点を移した須田は、2008年にデビューアルバム「Hiromi Suda」をリリース。2011年にはアストラッド・ジルベルトをプロデューサーに迎え「Sou」を完成。ニューヨークの老舗ジャズクラブ、ブルーノート、ワシントンDCのケネディセンターなど公演を重ね、日本では今でも毎年ツアーを精力的に行っている。
また、須田は自身のオリジナル曲「水の器」が、第18回USAソングライティング・コンペティション2013で奨励賞を受賞するなど、作詞家、作曲家としても非常に高い評価を受けている。
最近では母国語である日本語の歌詞を大切にしているという須田。ヴォーカリスト、シンガーソングライターとしてバランス良く出ている待望のサードアルバム「Nagi」が3月7日(火)にリリース。本作では、ポルトガル、日本、英語の3ヵ国語で歌う須田の心地良い歌声が聴ける。
加えて3月9日(木)、ダウンタウンのSubrosaで須田のCDリリースコンサートが開催される。ブラジル人ギタリストの重鎮ホメロ・ルバンボなど豪華ミュージシャンを従え、ニューアルバムを中心に須田宏美の世界が堪能できる、必見必聴のコンサートだ。

須田宏美が歌う。
「はじまりはおわりのはじまり…」。トンネルの始まりも終わりも美しい人生の一ページとなる。
(河野洋)

Hiromi Suda Album Release Show - "Nagi"
feat. Special Guest Romero Lubambo
■3月9日(木) 7:30pm / 9:30pm
■会場: Subrosa:63 Gansevoort St.
■料金: $20
■ボックスオフィス:646-240-4264
subrosanyc.com



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