2016年04月08日号 Vol.275

家族旅行のプラハで
遭遇した思わぬ縁
チェンバロ奏者 濱田あや


遅い春の訪れを祝福するように、4月17日(日)午後2時から、アッパーイーストサイドのサンテスプリ・フランス教会で優美な音色のチェンバロ・リサイタルが開催される。演奏するのはチェンバロ演奏の第一人者として世界中で活躍する濱田あや(はまだ・あや)さん。
チェンバロはバロック時代(17世紀〜18世紀中頃)に全盛を迎えた古楽器である。往時の人々が聴いた音楽の「音」はピアノではなくチェンバロだったのだ。チェンバロという名前はドイツ語で、英語圏ではハープシコード、フランス語ではクラヴサン、イタリア語ではクラヴィチェンバロと、国によって色々呼び名が変わるが同じもの。濱田さんに訊くと、「鍵盤を用いることではピアノと似ていますが大きな違いは弦をハンマーで叩くのではなく、プレクトラムと呼ばれる小さな爪ではじいて音を出す楽器です。普通使われるチェンバロは、音域が5オクターヴなのでピアノより幅がやや細いのですが長い弦を使うため奥行きはチェンバロのほうがあります」。さらに、ピアノにあるペダルがチェンバロにはないことも大きな特徴だ。そのぶん「ピアノは腕や身体の重みをつかって弾きますが、チェンバロはすべて指先の軽いタッチで音をコントロールしなければいけないので真逆とも言えます。両立するのはとても難しい」のだそうだ。

さて、現代は「スタインウエイ」に代表される大音量が可能なピアノが全盛。チェンバロは音楽演奏の表舞台から隠れた感があるが、その緻密で優雅な音に魅了されるファンも多く、現代音楽でも使われることがある。今回の演奏会も大ホールではなくサロン的な雰囲気があって室内楽向きの小じんまりした教会が選ばれた。プログラムは、バロック時代の舞曲の一種である、「シャコンヌ」を中心として組まれている。誰でも耳にしたことのあるバッハ作曲「シャコンヌ」のチェンバロ編曲版や、昨年発売された濱田さんのデビューCD(雑誌「レコード藝術」2015年6月号で特選盤に選出)から抜粋されたジャック・デュフリやジャン=フィリップ・ラモー、アントワーヌ・フォルクレなどバロック音楽を代表する作曲家の作品が並んでいる。
濱田さんは、ジュリアード音楽院古楽演奏課修士課程を、第一期生及び特待生として最優秀の成績で修了。現在、プロミュージカ・チェンバー・オーケストラ首席チェンバロ奏者を務める。ロンドン音楽祭コンクール第一位、ジョセフ・ホフマン・ピアノコンクール第二位、など受賞多数。NY市主催国際リサイタルシリーズ、ミッドタウン・コンサート・シリーズに招聘されたのをはじめ、日本、米国、カナダ、中南米、欧州各地でリサイタルを開催。今年1月3日には「NHK名古屋ニューイヤーコンサート」にゲスト出演し、同局総合テレビで放映された。
現在はチェンバロ演奏の専門家である濱田さんだが、2歳で始めたのはピアノだった。以来、毎日何時間もピアノひと筋に練習。転機は19歳でプラハを家族旅行した時だった。あまり交通の便がよくない郊外にその「モーツアルト博物館」はあった。「なんでもモーツアルトが『ドン・ジョヴァンニ』を書いた時に滞在したゆかりの家だそうです」。季節は冬、雪道を踏みしめながら母とふたりで到着すると、「冬で天気も悪いせいか私たちのほかに訪問者はゼロ」。モーツァルトの自筆譜や手紙などが陳列されていて、目に付いたのがモーツアルトが使ったといわれるチェンバロ。ほかには誰もおらず警備員の姿もない。「ロープの囲いをまたいで弾いてしまったんです」。(あまりオススメできない話だが)その時の濱田さんの体験が現在、世界有数のチェンバロ演奏家を生むキッカケとなったのだから世の中分からない。「まるでバロック時代にタイムスリップしたような感覚、モーツアルトの楽器の音が今、自分の耳に届いている。あっ、これか!と衝撃を受けました」。それこそがモーツアルトが聴き、当時の人たちが楽しんだ音だったのだ。旅行から戻るとすぐにチェンバロの先生を探し出しレッスン通いを始める。もちろんピアノも続けた。
「昔はどういう音で演奏されていたんだろう」、そんな強い好奇心から「古楽器の魅力」「オリジナルの音」に、次第にハマっていくのにさして時間はかからなかった。
「シャコンヌはメヌエットやガボットと同じような舞曲のひとつです。バロック時代の曲は短いものが多いけど、シャコンヌはいちばん規模が大きくて気品にあふれマジェスティックです。チェンバロを身近に聴く機会のない方に是非楽しんでいただきたいですね」
演奏旅行の合い間には、レースにも出るなどトライアスロンを十数年にわたって続けてきた濱田さんだが、近年、怪我を憂慮し、きっぱり卒業。ただし、マラソンだけは今でも大事な気分転換、夜明けとともに走るセントラルパーク一周(10キロ)の日課は欠かさないという。世界のチェンバロ奏者のスタミナ源は鍛え上げた基礎体力にあるのかも知れない。(塩田眞実)

Aya Hamada「Chaconnes for Harpsichord」
■4月17日(日)2:00pm
■会場: French Church du Saint-Esprit
109 E. 60th St. (bet. Park & Lex. Aves.)
■$20、学生・シニア$15
■問合せ:サンテスプリ・フランス教会
 Tel:212-838-5680
stesprit.org/event



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