2017年05月12日号 Vol.301

秘められた恐怖と問題提示
怪獣たちのカーニバル:ライブレポ「ゴジラ伝説」

Godzilla Legend (photos by Ayumi Sakamoto)



4月28日、ジャパン・ソサエティーで、北米初演となる「ゴジラ伝説:伊福部昭の怪獣映画音楽」が行われた。伊福部昭は、怪獣音楽の先駆者であり、ゴジラ・シリーズの映画音楽を数多く手掛けた日本が誇る作曲家の一人だ。
今回のライブは、ゴジラのトリビュートアルバム「ゴジラ伝説」(1983年)をプロデュースし、伊福部の音楽を語る上で欠かせない存在である井上誠(元ヒカシュー)が指揮を取った。演奏は、1978年のデビュー以来、進化を続ける無ジャンル・ロックバンド「ヒカシュー」を中心に、ビッグバンド「渋さ知らズ」から選ばれたホーンセクション、そして、スペシャルゲストに姉妹ポップ音楽ユニット「チャラン・ポ・ランタン」の計11人で編成。6部構成で魅力溢れる怪獣音楽を披露した。

1954年にゴジラが地球に姿を現してから、昨年の「シン・ゴジラ」まで、ゴジラは世界中のファンに愛され続けている。その恐ろしくも巨大な怪獣を、さらに破壊的に演出したのが伊福部の音楽だ。
序幕と共に、静かにステージに登場したチャラン・ポ・ランタン。二人がアコーディオンの優しい音色と悲しい歌声で神秘的な旋律を奏でると、次にヒカシューを始めとするメンバーがステージに現れ、初代ゴジラのテーマ曲を演奏、深淵の眠りから覚醒したゴジラが力強く立ちはだかった。
第2部では「キングコング対ゴジラ」(1962年)にスポットを当て、お馴染みのキングコングとゴジラの荒れ狂う対決シーンを、ヒカシューのリーダー巻上公一が操るテルミンや怪獣の雄叫びを模倣するかのようなホーンセクションで見事に描写。ゴジラが誕生し、半世紀以上経過した今も尚、伊福部の音楽は色褪せることがない。
それを証明するかのように、第3部では「空の大怪獣ラドン」(1956年)と「ゴジラvsメカゴジラ」(1993年)が続けて演奏されるが、全く年代を感じることなくすんなりと耳に届く。井上は「古いとか、新しいとかを感じさせることがなく、時代を飛び越えた面白さがある」と、その魅力を語る。
第5部は、「モスラ対ゴジラ」(1961年)をフィーチャー。当時、日本で人気を集めた双子の女性デュオ、ザ・ピーナッツが歌った名曲「モスラの歌」を、ラテン風のピアノ・アレンジを散りばめ、現代版の妖精チャラン・ポ・ランタンが歌いあげる。
原子力が生み出したと言われるゴジラは、人間が緻密な計算の元に作り出すはずのものが、わずかな歪みから生まれてしまった制御不能な巨大怪獣だ。それは緻密と狂気が混在する伊福部の音楽にも表れており、重低音サウンドに後押しされ、反復されるリズムと恐竜の雄叫びのような旋律が、オーディエンスの恐怖心を煽り、スクリーンの中のゴジラをより凶暴な姿に変える。
時に荒れ狂い、時に静かにうごめくゴジラを形作る音楽はテーマごとに構成され、その合間に井上がゴジラ映画や音楽の背景や歴史を丁寧にアカデミックに語る。
第6部の冒頭ではゴジラの第1作が制作された1954年の春、南太平洋ビキニ環礁で行われた水爆の核実験で犠牲になった日本人の話に触れ、ゴジラに秘められた核エネルギーへの恐怖と問題提示、今この時代に我々が考えるべきことは何かを静かに問いかける。
終幕後、鳴り止まない拍手と観客の大声援に応え、再びステージに現れた出演者たち。アンコールは、「怪獣大戦争」(1965年)から「怪獣大戦争マーチ」で、怪獣たちが集結し狂喜乱舞するカーニバルのような熱いサウンドと爆音の嵐で、会場の興奮度はピークに。観客は総立ちでゴジラ伝説の夜を祝福した。

伊福部が作った「ゴジラ伝説」は井上誠、ヒカシュー、そして世界中の人々を通して、永遠に奏で伝えられていくだろう。ゴジラが残した伊福部音楽の爪痕が、怪獣音楽の歴史の一頁に刻まれた夜だった。(河野洋)

「『壁』がなく、心に響く音楽」井上誠


井上氏、ライブ後のインタビューで


コンサートの余韻が残る会場で、キーパーソンである井上誠氏に話を聞いた。

日本の怪獣映画が米国で公開される時、オリジナルの音楽が差し替えられてしまうことがあり、日本で知られている名シーンの音楽が、海外では意外と知られなかったりします。そんな隠れた名曲を米国の皆さんに知ってもらうために「ゴジラ伝説」の公演を実現させました。
北海道出身の伊福部昭という作曲家はクラシックの世界でも非常に重要な曲を残しています。音楽は独学で、ルーツは西洋音楽ではなく、アイヌの人たちと親しくしながら育つという特殊なバックグラウンドをお持ちの、原始的なエネルギーみたいなものが体に染みついている方でした。
ストラヴィンスキーに多大な影響を受けた伊福部さんの音楽スタイルや編成は、クラシックであるにもかかわらず、実は本質的なところに、とんでもない破壊力を秘めたパンクロックに通じるものがあったと思います。そんな部分を含めて、今回のグループ編成で彼の魅力を引き出せたらという思いがありました。

伊福部さんから直接伺った話ですが、クラシックで使われている弦打管楽器は、元々は私たちの日本に近いアジアから派生したという考えで、懐が深い、大きな視野で音楽を捉えていた方でしたね。初めてお会いした時も、音楽大学の学長だったにも関わらず、驕ったところが全くなく、若者たちのどんな質問に対しても丁重に受け答えされ、記憶力が抜群に良い方でしたね。

伊福部さんの音楽には壁がなく、人間の心に響く根源的なものがあると思います。世界中どこへ行っても良さが伝えられる普遍性です。そのキーワードとしてゴジラが存在していて、彼が残したゴジラの音楽(映画音楽)がクラシックと比べても決して引けを取らないことを証明していると思います。(聴き手:河野)


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