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Vol.235:2014年8月1日号
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よみタイムVol.235 2014年8月1日発行

ハーンの「開かれた精神」
アーティスト 野田正明


レフカダ島に完成したハーンの記念館に恒久設置された作品「ラフカディオ・ハーンと開かれた精神のオデュッセイア」の前で、作者の野田正明氏(左)と小泉凡氏

「ちょっとギリシャへ行かないか?」
 きっかけは僕の30年来のパートナー、ギリシャ人のタキス・エフスタシュウの一言だった。1995年、フランスで個展を開いた時のことだ。僕はタキスに誘われるままギリシャへ向かい、ラフカディオ・ハーンが生まれた場所、レフカダ島を訪れた。

 ラフカディオ・ハーン、日本名「小泉八雲」。日本人なら誰でも知っている「怪談」の著者であり、西欧では日本と日本文化の紹介者としても有名な人物だ。もちろん、僕も彼の名前は知っていたが、それは日本人として一般常識のレベルだった。
 ハーンの生家で、90歳ぐらいのお婆さんに出会った。僕たちの訪問を歓迎してくれた彼女は、島に伝わるハーンの話を教えてくれた。これが僕とハーン、最初の出会いとなった。
 翌年、ギリシャを案内してくれた返礼に、僕はタキスを日本へ招待した。東京、大阪、京都、奈良など、多くの場所を巡り、ハーンゆかりの地、島根県松江市へと出かけた。目的はひとつ、ハーンの曾孫、小泉凡(こいずみ・ぼん)氏と会うためだ。一緒に渡日していたメトロポリタン美術館学芸員のロバート・スティーブン・ビアンキ氏らと共に、小泉氏に「会いたい」と連絡。先方にしてみれば「いきなり何だ?この人達は?」と、さぞ驚かれたことだろう。
 その時から、今日に繋がる僕たちの交流が始まった。

 今年はハーン没後110周年。松江市でも記念行事が行われた。また、ハーンの生誕地レフカダ島で、去る7月上旬、島内にある文化センター「レフカダ・カルチャーセンター」に、ハーンの作品や写真などを集めた資料館「ラフカディオ・ハーン・ヒストリカルセンター」が完成した。
 オープニング・セレモニーには小泉夫妻を筆頭に、西林万寿夫駐ギリシャ大使やレフカダ市長、日本、ニューヨークからも関係者が多数出席。ヨーロッパ初となるハーン関連の展示施設で、入り口に僕の作品「ラフカディオ・ハーンと開かれた精神のオデュッセイア」が恒久設置された。
 19年前、タキスの一言で始まった僕とギリシャとの関係。ギリシャのマラソン・スタジアムスタート地点にある国旗掲揚台に永久設置された彫刻「ヘルメスの精神」(2010年)、アテネのアメリカン・カレッジ(2009年)と、松江市宍道湖畔(2010年)に設置された彫刻「ラフカディオ・ハーンの開かれた精神」に加え、今回の設置はハーン関連モニュメントとして3カ所目。ここまで繋がるとは、僕自身も想像していなかったが、世界中に拡散しバラバラだったハーンの足跡が、ここにきてようやく一つになった気がしている。

 明治時代、アメリカの出版社から通信員として日本に渡ったハーン。鎖国が終わり、日本を訪れた多くの外国人が、その様子を海外に伝えていた時代だ。
 当時の日本は階級差別が残り、貧困、医療の遅れなど、西欧に 比べればまだまだ未発展。しかし、一部の西洋人にはそれが「日本は文明社会に冒されていない素晴らしい国」と映ったようだ。ハーンは渡日後、出版社を辞め、日本で英語教師となる。
 アイルランド人の父とギリシャ人の母の間に生まれたハーン。ギリシャからアイルランド、フランス、イギリス、アメリカ、カリブを経て日本へ移住したハーンは、多種多様な異文化に接していた。
 「オープンマインド=開かれた精神」とは、多くの価値観を受け入れることに他ならない。ハーンの「オープンマインド」が、流転の人生経験の中で養われたものか、持って生まれたものかは定かではないが、少なくとも、人種差別をせず、異文化を理解しようと努めたに違いない。日本に惹かれ、日本で暮らしたハーンが、日本人の精神性を研究しようと試みたのは、当然の成り行きだったのかもしれない。 
 「第一印象を書き留めること」
 日本でハーンが心がけていたことだという。第一印象には常に新しい発見があり、良きにしろ悪しきにしろ「心の動き」がそこにある。忘れてしまいがちなフレッシュな観点を書き留めることで、「その瞬間」の記憶や、感覚なども同時に残すことが出来る。
 昔の哲学者の言葉で現代にも通用するものは多い。要するに「人間」というものは、あまり変わっていないのだ。我々は便利な時代に住んでいるが、進化したものは「文明」であり、一方で「精神性」が置き去りにされてはいないだろうか。
 人間には「好奇心」があり、「学ぶ」という行為をやめることは出来ない。それ故、これからも「文明」は確実に進んでいく。その中で、我々が忘れてはいけないもの、普遍的なもの、時には時代遅れと言われるものにも目を向ける必要がある。他者を受け入れる包容力には、相手に対する想像力が不可欠だ。
 ハーンの生き方は、彼の精神性の上に成り立ち、それは時代を越え、我々に、僕に大きなインスピレーションを与えてくれた。ハーンが没して110年。彼が分析した「日本人の精神性」には、すでに我々が無くしてしまったモノを、再び発見することが出来るのだ。

 モニュメント「ラフカディオ・ハーンと開かれた精神のオデュッセイア」は、今にも飛び立とうと翼を広げた中心に、「ハート」という「心」を内包させた。ハーンの想いや精神を代弁し、後世に伝えたい。立ち止まって考え、異文化や人種的な差別を持たず、寛容であることこそが、天空へ羽ばたくための力になる。
 僕の作品が、その道しるべとなることを願ってやまない。
(野田正明)