2017年11月3日号 Vol.313

再挑戦始めたママの奮闘
好きという気持ちに突き動かされ
バイオリニスト 加野景子



仕事もママも遊びも!ママの本気度、身を持って示したい。(左から)長女・寧々さん、三女・瑚子さん、次女・瑠琉さん


コアメンバーが35人の室内オーケストラ「ペガサス(Pegasus)」(創設者・芸術監督・ピアノ=カレン・ハコービアン)の弦楽器主席奏者5人とピアノの編成で、首席奏者・芸術顧問という立場で、10月13日にニューヨーク、21日にニュージャージーでデビューコンサートを終えたばかりの加野景子(かのえいこ)さん。輝かしい経歴を持ちながら演奏活動から遠ざかり3人の娘の子育てに奮闘する中で、バイオリニストを自らの天職と見つめなおし再び覚悟をもって平坦ではない道を歩み始めた生き方に注目してみたい。

1984年、毎日放送で制作されたテレビドラマ「弦鳴りやまず」(主演・樋口可南子 演出・龍村仁)は、バイオリニスト辻久子の半生を12話でテレビドラマ化したものだが、戦前、コンークールで天才少女ぶりを発揮した主人公の子供時代を演じたのが加野さんである(当時の名前は田中景子であった)。役に抜擢された理由は、ドラマ制作の少し前に辻久子自身も審査員を務めた「学生音楽コンクール」で11歳の加野さんが一等賞を得たこと、それを辻久子がよく覚えていて『私の子供時代はあの子に』と指名したからだ。「今年も子供たちを連れて日本に里帰りしましたがドラマの監督を務めた龍村さんにお会いしてきました」と加野さん、当時の縁は今もなお続き加野さんのよき理解者の一人となっているという。
バイオリニストとしてのその後の歩みをざっと辿ると、14歳の時に巨匠アイザック・スターンのマスタークラス(SONY主催)で絶賛され翌年のマスタークラスにも招待を受ける。東京芸術大学附属高校在学中に、「第57回日本音楽コンクール」で第2位。併せて海外派遣のための黒柳賞を受賞。さらに在学中に「第4回日本国際コンクール」で第3位。出身地の大阪府高槻市から文化功労賞を授与された。東京芸大に進学するとアサヒビール、ロームミュージックファウンデーションから奨学金を受け、19歳で渡英。23歳の時に、「フォーバルスカラシップ選考会」で優勝、名器ストラディヴァリウスを貸与されるなど、大輪の開花はそこまで来ていた。
1999年、結婚を機に英国からニューヨークに居を移す。01年、マンハッタン・スクール・オブ・ミュージックに入学、奨学金を得て修士課程を終了する。「ビザの関係で学校に再入学することを決めたのですが在学中に頚椎の手術をする事態に。バイオリンを諦めるという覚悟にも迫られました。結婚後のブランクと術後のリハビリも含めると普通に弾けるようになるまで、8年はかかりました」と振り返る。
復帰すると遅れを取り戻すように、06年に「アルバニー交響楽団」のアシスタント・コンサートマスター、08年からは「ニューヨーク・フィル」のレギュラー・サブプレイヤーとして活躍している。また、冒頭の「ペガサス」のコンサートのほかに、加野さん自身のプロデュースによる「マンハッタンストーリー」というコンサート企画を立ち上げ、バイオリン演奏の合い間に、朗読者が加野さんの言葉が綴るNYの叙情シーンを散文詩として語る「冬」、「春」篇などを成功させ、初のCDも発売した。日本でも新たなシリーズ「ソロバイオリンの極み」を主軸に据えニューヨーク側と両サイドで積極的な活動をまさに本格化したところだ。
その一方で、ママ業のほうも手の抜けない毎日が続く。もとより生活の基盤はニューヨーク。現在3人の娘が別々の学校に通っている。7歳の長女、次女は双生児、三女はまだ4歳だ。週末には日本語補習校もあるため、ママは事実上、4つの親のコミュニティを跨いでいることになるが、イベントに充分に顔を出せないもどかしさが常につきまとう。
「三女はまだ寝かしつけが必要なので、午後8時頃一緒にベッドに入るのですが(クタクタになっているため)不覚にも(笑)、私も寝入ってしまいあわてて起きるともう深夜、そこからゴソゴソとメールを書いたり日記をつけたり。子供たちのリクエストに応えてお弁当も週6日作っているので起床は朝6時半、毎日があっという間ですね」と、こぼしながらも「きっと私に与えられた役割は3人を育てながらバイオリンを続けること。全ての人がそうであるように、私にも神様から頂いた役割があるはず、と信じて感謝しながら走り続けます」と、きっぱり。
子供たちの誕生日に加野さんが必ずすることがある。手紙を書くことだ。封書はポストに投函するが宛先はわが家。「文章は子供向けではなく、私が今、思うことを大人に話すように書いています」。これまでの手紙はすべて大切に保管されている。ママを続ける中でバイオリニストとしての葛藤や満足感が綴られた手紙を子供たちは将来どのように受け止めることだろう。本気の両立はこれからも続く。(塩田眞実)

アーティストHP:www.eikonyc.com


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