2022年3月11日号 Vol.417

文:国際ジャーナリスト 内田 忠男
[番外編] バックナンバーはこちら

プーチンのウクライナ侵攻(2)
許されぬ戦争犯罪

キエフで橋の下に避難するウクライナの人々 (Photo courtesy of Mvs.gov.ua)

毎日、ウクライナから届く凄惨で悲しい映像に心潰れる思いだ。政治家たちは口ではウクライナ支援を言うが、実効の上がる対策を打てていない。ウクライナを見殺しにするのか、と言いたくもなる。そんなわけで、今回も連載の筆が取れない。

それにしても、ロシアという国、と言うより、ウラジーミル・プーチンという大統領は、慈悲のカケラもない、人間の顔をした悪魔ではないかと思う。

この戦争には、ロシア国内からさえ反対の声が潮のように上がって大規模なデモが頻発した。国内外のメディアから一切の政権批判を締め出し、戦争の情報を極端に制限して自国に有利なフェイクニューズ一色にしているにもかかわらず、だ。デモによる身柄拘束者は、当局側の発表でも2万人に上るという。拘束にあたっては、殴る蹴る、引きずる……の酷い扱いを受けている。逮捕後の虐待は想像に余る。
戦争の実態はまさに悲惨を極める。「戦争」と書いているが、通常の戦争は、相対する両側にそれなりの理由があり、その対立が袋小路に入ったために起きる。が、この戦争は、謂れのない理由で一方的に攻め込んだ「不当侵略」そのものである。ウクライナには攻め込まれる理由がない。ロシアが構える理由は、「ウクライナでジェノサイド=大量虐殺が起きている」「ウクライナが密かに核兵器を開発している。生物化学兵器も作っている」……私の知る限り、いずれも真っ赤なウソだ。自分たちがしている事をウクライナに置き換えている。救いようのない悪意だ。

「ジェノサイド」はロシア側がしていることで、この侵略こそがジェノサイドではないか。「生物化学兵器」については、実はロシア軍が使用して、「ウクライナの仕業だ」と罪をなすりつける目的で言っている(シリアで既に同じことを実行した)。「核開発」を言いがかりに原子力発電所や核関連の研究所などを攻撃している。少し間違えれば大量の放射能が発散される恐れがあり、無謀さに血が凍る思いだ。「軍事施設だけが標的」と言うが、開戦当初から、一般市民が住む集合住宅や住宅街、病院、学校などが攻撃された映像を数多く見てきた。3月9日に、南東部マリウポリの産科小児科病院が空爆され、子供を含む少なくとも3人が死亡した時には、「あの病院はウクライナの国粋主義武装勢力が占拠していたので攻撃した。医療スタッフも患者もいなかった」などと、許し難いウソを流布した。爆撃直後の悲惨な映像が公開され、国際社会はロシア外相や国連大使の抗弁を一笑に付した。16日には、同じマリウポリで子供たちの避難所になっていた劇場を爆砕し、「ウクライナ人がやった」と見え透いたウソを重ねた。



核兵器並み破壊力

国際的に「禁止」の声が上がっているクラスター爆弾(弾体の中に複数の弾が込められている集束爆弾)を当たり前のように使っているし、もっと酷い爆弾も使っている。燃料気化爆弾(thermobaric爆弾)という。火薬は使わず、液体燃料を気化させて周囲の酸素を巻き込み超高温爆発を起こす。音速をはるかに上回る秒速2000メートルで拡散し、12気圧に達する圧力と2500度C以上の高温を発生する。しかも、固体爆薬では一瞬でしかない爆風が、長い間、全方位から襲ってくる。核兵器にも劣らぬ想像を絶する破壊力だ。英国防省の発表では、地上で一斉発射できるロケット弾に搭載していると言う。複数弾頭を同時発射しているということだ。

開戦早々に占拠されたチェルノブイリ原発で何が起きているか? ウォール・ストリート・ジャーナルは施設内に閉じ込められた職員の話を聞き、彼らが家族に送った動画や文章を確認すると共に、親族や友人、施設幹部や地元当局者など十数人に取材した。

それによると、占拠された時に勤務していた技術者と支援スタッフ210人が人質に取られた状態でロシア兵に銃口を突きつけられ、数千本の使用済み核燃料棒の保安作業をしている。「ロシア兵が許可した1分間の家族との電話では、職員らが極度の疲れや目まい、吐き気、ひどい頭痛を訴えた。疲労は時に反抗へと変わる。ロシアの戦争を巡る解釈でロシア兵と口論になり、果敢に挑戦する職員もいる。毎朝9時にはスピーカーからウクライナ国歌が大音量で施設内に流れる。作業員らは起立して手を胸に当て、国歌が終わると仕事場に戻る」と記事は書いている。(3月20日、職員の半数がようやく交代し帰宅)
国際人道法とも呼ばれるジュネーブ条約は、武力紛争時に「してはならないこと」を列挙している。追加第1議定書の第56条には「危険な力を内蔵する工作物と施設」として「ダム、堤防、原子力発電所」を挙げ、「これらのものが軍事目標である場合であっても、それを攻撃することが危険な力の放出を引き起こし、その結果文民たる住民に重大な損失をもたらす時は、攻撃対象としてはならない」と明記している。文民保護を規定する同51条は軍事目標を対象としない無差別攻撃を禁止し、同52条では「攻撃は厳格に軍事目標に限定する」と規定している。今回の侵略戦争でのロシア軍の行動が、前記のような大量破壊兵器の使用も含めて、重大かつ明白な国際法違反であることに議論の余地はない。

アメリカのリンダ・トーマス=グリーンフィールド国連大使は10日、BBCのインタビューで「戦争犯罪を構成する」との認識を示した。「我々は国際社会の他の人たちとともに、ロシアがウクライナの人々に対して犯している罪を記録することに取り組んでいる」とし、証拠を収集、使用できるようにすることが重要だと述べた。

ロシア軍の攻撃を受けた首都キエフにある「キエフテレビ塔」(2022年3月1日) (Photo courtesy of Mvs.gov.ua)

スパイと傭兵頼み

KGB出身のプーチンは、数十年がかりでウクライナ軍や情報・治安当局の内部に密告者やスパイのネットワークを張り巡らせてきた。クリミア半島を併合した14年には、ウクライナから大量の裏切者が出た。前任の親露派に代わって就任したウクライナ海軍司令官が数日後には寝返り、ロシア黒海艦隊のナンバー2に任命された。ウクライナ艦船は、侵攻してきたロシア軍が押収、駐屯していたウクライナ海兵隊の多くもロシアに寝返った。プーチンは、今回の侵略でも同じ事を企んだようだが、これまでのところ成果を得ていない。

そこでプーチンの新たな企みは傭兵の投入である。ロシアにはワグナー・グループと呼ばれる民間軍事会社があり、プーチンと親密な関係にある。シリアやアフリカ各地の独裁者を支援する武装闘争で、同グループの傭兵が主力となる働きをしてきた。ウクライナ軍の捨身の抵抗と、士気の低いロシア兵に業を煮やしたプーチンは、首都キエフ攻略に、シリヤ人傭兵を動員することを決断したと伝えられる。カネが目当ての傭兵たちが市街戦に投入されれば、どれほど残虐な戦をするか、想像するだけで恐ろしい。

決意なきバイデン

ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領は16日、アメリカ連邦議会向けの演説で、ウクライナ上空の飛行禁止区域設定を改めて強く求め、それができなければ、強力な地対空ミサイルや航空機の支援を要望した。その結びでは、「バイデン大統領、あなたには偉大な国家の大統領であるだけでなく世界のリーダーになってほしい。それは世界平和のリーダーということです」と英語で呼びかけた。声涙倶に下る言葉だ。

残念ながら、ジョー・バイデンには、それに応える決然たる意志がない。キューバ危機に臨んだJFKは、核戦争も辞さずという断固たる決意で、ウクライナ出身のソ連指導者だったニキータ・フルシチョフに、キューバ・ミサイル基地建設を断念させたのである。(一部敬称略)


HOME