2021年1月15日号 Vol.389

文:国際ジャーナリスト 内田 忠男
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集団蒸発事件「UFO教」
信者第一号に接触取材


「HEAVEN'S GATE」を取り上げたドキュメンタリー「HEAVEN'S GATE: THE CULT OF CULTS」はHBOmaxでストリーミング配信(画像は同作オフィシャル・テラーより)

1977年が明けて、読売新聞は朝刊外報面で『地球のカルテ』という連載を始めた。1月から2月初めにかけ全15回。当時の日本の読者から見て特異現象と言える世相を世界各地で見つけてリポートする企画で、8段組み、3千字近い大型の読み物だから、おそらく、芥川賞作家の日野啓三デスクの発想だったろう。文章力のある記者を選んで発注。私は2回分の執筆を指示された。

連載のトリとなった15回目(2月3日付)では「UFO教」とも言えるカルトを取り上げた。以下、その本文の抜粋。

……一昨年の十月、米オレゴン州のウォールドポルトという小さな町で、大人ばかり二十人が、突然、集団蒸発する事件が起きた……「現代の神隠し」「UFO(未確認飛行物体)が、どこか他の天体に連れ去った」――うわさはうわさを呼んで、人口五千人にも満たないこの田舎町は、ひっくり返るような騒ぎになった……集団蒸発の数日前、この町に奇妙な中年の男女が現れた。二人は「天からの使者」と自称し、人々に熱っぽい口調で、世界が破滅に瀕していることを説いた。その破局から脱出できる現代の『ノアの箱舟』はUFOであり、「ごく少数の選ばれた人間だけが、それに乗って天体のなかの『次のレベル』へ脱出できる」……旅に出るには条件があった。①俗名を捨てる②仕事も財産も、俗世界の生活に付属したものはすべて捨てる③子供を連れてきてはならない④二人に対する質問は許さない――ただし、UFO搭乗の日が来るまで俗世界を旅して回るので、車、テント、寝袋、若干の衣類、そして現金は携行を許される……人々は二人の言葉を吸い込まれるように聞き、数日後、二十人が『集団催眠』の状態のまま二人と共に町を去ったのだった……それから一年三か月。一時は数百人に増えた信徒たちは、UFOを呼び寄せる高エネルギー地点であるロッキー山脈でヒッピーさながらの放浪生活をしたらしい。共同生活の資金にと、教祖さまにありったけの現金一万四千ドルを献金してしまった信徒もいた。だが、奇跡はいくら待っても起こらなかった。信徒の多くはコジキ同様の長旅に疲れ、三々五々、俗世界に脱落してきた……

その人たちから話を聞こうとしたのだが、こちらが新聞記者を名乗ると、その瞬間から押し黙って口を開いてくれない。リサーチを重ねるうちに、途方にくれる人たちが再起の相談に訪れる女性がいることを突き止めた。ジョーン・カールペッパーといい、ロサンゼルス近郊に住んでいる。記事のその下り。
……プロの心霊術師と称する彼女こそ、実は「UFO教祖」に折伏された信者第一号だ。約2か月、教祖らと放浪したことがある……「その間に、四百三十三ドル献金したが、約束通りの奇跡は遂に起こらなかった」と、いま二人を詐欺で告訴している……マスコミとの会見は一切断っている彼女だが、「日本の新聞」ということで、お世辞にも立派とは言いかねるアパートに迎え入れてくれた……「前から天体生命のことにはすごく興味を持っていたの。初めは、少々、科学的な疑問があったけど、魔術みたいな語り口に引き込まれてしまった」……「だまされたのは、みんなどこかに弱さを持っている人たちね。毎日の生活が辛い、悩みがある、生きがいがない……出来ることなら、いまの生活から逃げ出したいという脱出願望がすごく強い。あの二人は、そういう人間の弱点を巧みに釣り上げているんですよ。だから私は、二人の行為は「身心誘拐」だって言ってるの」……彼女自身、入信したのは、「失恋の痛手で何かにすがらずにはいられない時期」だった……

研究者の立場から身分を隠して二か月ほど旅に加わった学者にも話を聞いた。モンタナ大学のロバート・バルチ准教授(社会学)。

……「信者たちの心の底に不安があり、それがいつも暗示や流言、集団催眠にかかりやすい心理状態をつくり出していた。その不安の原因が、インフレで脅かされる中産階級の生活上の不安か、資源不足や不況からくる未来への不安かはよく分からなかったが」……

そして、この記事は、少し長くなるが次のように結んでいる。

……いま、米国には人類の終末を予言する新興宗教が雨後のタケノコのごとく出現し、「破局の前の救済」を説いている。昨秋の大統領選挙でカーター候補が当選した数日後には、全米百九十八の新聞に「アメリカの『最後の審判』は目前に」と題する全面広告が出た……内容は「地震や干ばつに備えよ」「カーター新大統領は就任演説で、神の思し召しに沿う『誓い』をせよ」といったものだ。目前に迫った人類の『破局』を予想した本を書いて一躍大金持ちになった元ミシシッピの川船の船長もいる。この『破局』には、ソ連の台頭、中東での戦争再発といった時事感覚のものから、アフリカ奥地の「緑色モンキーウイルス」なる新型ウイルスが、人類を滅亡させる、といったものまである。「悔い改めよ」と説くか、「UFOで脱出」を信じさせるかは別として、最近の宗教復活ブームの底には、得体の知れない、しかし根強い『現代の不安』がある……

二人の教祖はマーシャル・アップルホワイトとボニー・ネトルズという男女。UFO教を始めたのは70年代前半だった。大学で音楽を教えていたアップルホワイトが、学生との同性愛スキャンダルで職を追われノイローゼになった時、看護婦だったネトルズに出会う。ネトルズが神秘思想の神智学協会員で、オカルトや秘教の知識を持っていたことから、自分たちをヨハネ黙示録11章3節に記された「二人の証人」になぞらえ、「The Two」を名乗る。黙示録と救済に向けて、地球の「リセット」のため「次のレベル」への旅が必要とする教義を編み出した。ネトルズは85年に病死するが、アップルホワイトは、その後も布教を続け、最終的には天国への門を意味するHeaven's Gateを名乗った。

最後に注目を集めたのは20年後の97年3月26日だった。アップルホワイトと38人の信者たち(26〜72歳の男18、女21人)の遺体が南カリフォルニアのサンディエゴ北郊ランチョ・サンタフェの大きな邸宅で見つかったのだ。全員が睡眠剤を混ぜたウォッカを飲み、頭からビニール袋をかぶって窒息死。顔と胴は四角い紫色の布で覆い、寝台にきちんと横たわった状態だった。全ての遺体のポケットには5ドル札1枚と25セント硬貨。黒いシャツにスウェットパンツ、足には新品のナイキ・スニーカー、腕には「Heaven's Gate Away Team」と記されたアームバンドをしていた。その前年11月にヘール・ボップ彗星の写真に謎の物体が映っているとのうわさが広がり、「天の王国」からUFOが迎えに現われ、Heaven's Gateのメンバーが引き上げられる時が来たと考えたのだという。

集団自死の数日前、アップルホワイトが収録したビデオテープには、地球の終末が繰り返し語られ、迎えに来るUFOに魂を乗せる以外に救済を得る道はないと説いていた。

事件の全容を報じたロサンゼルス・タイムズの記事には、77年に私がインタビューしたカールペッパー女史が登場して、この団体について詳しく解説していた。(つづく)



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