2022年2月25日号 Vol.416

文:国際ジャーナリスト 内田 忠男
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各国首脳との信頼関係で
中心的役割果たした小泉首相

2001年のジェノヴァ・サミットで小泉首相(右)と筆者

サミットと通称される主要国首脳会議の話を続ける。

外国で開かれるサミット取材の最後は2003年6月のフランス・エビアンでの会合だった。飲料水で知られる、あのエビアンだ。フランスと言ってもスイスとの国境に近く、私は単身ニューヨークからジュネーブに飛んで陸路エビアンに入り、東京から来たテレビ朝日取材団と合流した。

21世紀入りした直後の01年9月11日に起きた同時多発テロ攻撃で、アメリカは「テロとの戦争」を呼号して、同年10月にアフガニスタンに攻め込んだが、03年3月にはイラクにも侵攻した。アフガニスタンには、同時テロを起こしたアルカーイダという組織が本拠と言える訓練基地を置いており、それをタリバン政権が容認していたという明確な理由があったが、イラクについては、ジョージ・W・ブッシュ大統領が「サダム・フセイン(大統領)がアルカーイダと密かに通じており、大量破壊兵器を隠し持っている」と主張して侵攻したが、直後から、大量破壊兵器を隠匿している形跡は見つかっていなかった。

このため、フランスやドイツなどは侵攻に正面から反対するなど、ロシア連邦が加わってG8となっていた参加国の間で立場の違いが顕在化していた中で開かれたのがエビアン・サミットだった。議長国のシラク仏大統領は、多国籍軍のイラク侵攻で意見の違う首脳たちが、率直かつ自由に意見を交換する環境づくりに主眼を置き、恒例となっていた宣言やコミュニケは出さず、議長国の責任で「議長総括」を発出することにしていた。その一方で、G8が新しい約束をするのではなく、これまで約束していたことの実施実現に重きを置き、テロ対策の強化や、持続可能な開発の実現に向けて今後とるべき具体的行動を列挙した行動計画などが13本も採択された。

また、これも議長国の考えで、中国、インド、サウジアラビア、メキシコ、ナイジェリア、エジプト、南アフリカなど新興市場国と開発途上国11ヵ国にスイスを加えた各国の首脳と、国連のアナン事務総長も招いて、サミットに先立ちG8とは切り離した会合も開き、持続的成長と国際協力の促進をテーマに意見を交換した。

議長総括では、まず経済について、「我々の経済は多くの課題に直面しているが、主なダウンサイド・リスクは後退し、回復への条件が整ってきた。我々は、自分たちの経済成長の潜在能力に自信を持っており、それぞれの国が持続的成長を確実にする健全なマクロ経済政策を実施し、多国間協力を推進する責任を再確認する。共通の責任は、我々の経済成長を高め、より力強い世界経済に貢献することにある」と述べ、労働・財・資本市場の構造改革、高齢化社会に向けた年金・保健改革、教育改革による競争の助長と生産性の向上、コーポレート・ガヴァナンスの改善を通じて市場規律を高め、透明性を拡大して投資家の信頼を強める……などの約束を再確認した。グローバル化が本格化して10年が過ぎ、主要国がその恩恵を享受し、世界に広める努力をしよう、という点で、G8参加国首脳の間には確信が広がり、この点については異論がなかった。

また途上国への開発協力については、いま流行のSDGs=Sustainable Develop-ment Goals=持続的成長目標の土台になった国連のミレニアム開発目標の実施に向けた行動計画を採択。さらにこれもいま流行のDX=Digital Transformationについても、「我々は開発途上国における効率性と透明性を促進する電子政府モデルの取組を歓迎し、受益国を拡大する」と謳い、「持続可能な開発のための科学技術」の項では、「よりクリーンで効率的なエネルギー、大気汚染と気候変動との戦い」にも言及している。
そしてテロ対策については、「我々は世界中でテロリスト集団と戦うため対処能力向上に関する行動計画を採択し、国連テロ対策委員会を支援すべく、テロ対策行動グループを創設した。テロと戦う最善策の一つは、テロを支援する資金の流れを断つこと。我々は、財務大臣に対し、進展を評価し、次なる手段を特定するよう指示する」と書き込まれた。

終わってみれば、「サミット形骸化」の批判を多分に意識したであろうシラク仏大統領の並々ならぬ意欲を反映して、討議の幅・奥行きの両面で深みのある対話が繰り広げられた印象が強かった。それと同時に、これが3度目の出席となった小泉純一郎首相が討論の輪に積極的に参加し、時に討論を主導する場面をいくつか見せた点でも印象に残るサミットになった。

外務省がまとめたエビアン・サミットの振り返り文書でも、「小泉総理は、サミットに先立つ訪欧、訪米、訪ロなどを通じて築いたG8各国首脳との強い信頼関係に基づき、中心的役割を果たした」と総括していた。外国開催のサミットで「中心的役割を果たした」と断言できる日本の首相は過去にいなかったし、その後もいない。

小泉首相自身も、サミット終了後の内外記者会見の冒頭で、「当初、イラク問題などで(参加国間の)対立が指摘され、協調体制は如何かと懸念する向きも多かったが、実際に始まってみると、途上国とG8各首脳との対話、そして各首脳同士の話し合いにおいても、一時的な対立は永続するものではないことを強く感じた。イラク問題も、北朝鮮問題も、あるいは世界経済、環境問題についても、国際協調の重要性の認識を共有することができたと思う。シラク大統領の名采配に改めて全幅の敬意を表したい」と極めて的確なまとめを述べたうえで、「私にとってこれが3回目のサミットになるが、極めて打ち解けた雰囲気の中で率直かつ有意義な会議が行われたと思っている……環境問題では、私から京都議定書(筆者注:先進国の温室効果ガスの排出基準について法的拘束力のある目標数値を定めた文書で、97年に京都で開かれた気候変動問題に関するCOP3で採択された)の早期発効の重要性を強調した。日本政府は経済開発と環境保護を両立させようと懸命に取組んでいる……また、日本の経済再生、特に構造改革については各国からも関心が寄せられたが、世界各国が日本の経済成長を望んでおり、今後も改革を進めて、日本の経済発展が世界の発展に貢献できるよう、改革路線を邁進してゆくことを強調した」と結んだ。この「改革」こそが小泉政権の目玉だった。

20数回にわたるサミット取材で、首相会見には必ずと言って良いほど出席したが、これほど明解で要を得た、また迫力のある冒頭スピーチをした首相も皆無だった。その場にいて、誇らしい思いをしたものであった。

この会見の質疑では、北朝鮮問題も取り上げられた。「交渉をどのように進めるのか」という問いに、「北朝鮮問題は極めて熱心な議題になった。特に最終日の自由討議では、北朝鮮への対応が大きな焦点になった」と、各首脳の関心の高さを述べた上で、「私自身、昨年9月11日、金正日総書記と直に会談したが、日本、韓国、米国の緊密な協力の上に(北の)友好国である中国とロシアの関わりも非常に重要だと思う……一致しているのは核問題についての脅威を完全に払拭しなければならないということ……ここで聞いた各国首脳の意見を参考に、日本は粘り強く平和的解決を求めて努力していきたい」――往々にして素っ気ない答弁の多い日本の首相の中で、これは出色の丁寧な答えだった。(つづく)


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