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成熟した沖縄サミット 21世紀繁栄の鍵「IT」を全世界で
26 回主要国首脳会議で。議長の森総理(中央)、クリントン大統領(森総理右)、プーチン大統領(クリントン大統領右)
OKINAWA, JAPAN. Meeting of G8 heads of state and government.(Presidential Press and Information Office / 22 July 2000)
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こちらは風が心地よく吹 いて、暑さも東京よりは るかにマシ。
きていて、クリントンが 的取引における革命的変 訪問するというので、事 化に対応しうることを確 前に見ておくことにした。 保すべき」と提唱した。 高さ1・5メートル、黒み   によるグローバル を帯びた刻銘碑は班れい 化の波が最高潮に達しよ 岩と言うらしい。2・2 うとする時期のことだっ キロにもわたって屏風状に たが、ここに書かれた内 配置され、国籍、軍人、 容は今も通用する。むし 民間人の差別なく、沖縄 ろ日本では、デジタル化 戦で犠牲になった人々の名 が停滞し、 年以上もた を刻み込んでいる。 万 った今頃になってデジタル
や情報通信ネットワーク 等の環境整備や必要な規 制改革を迅速に行う。ま た、対外的には、先般打 ち出した、今後5年間で 150億ドル程度を目途 とする包括的な協力策を 通じた国際協力等を積 極的に推進して行きたい」 ――  もとより森自身の言葉
国際ジャーナリスト 内田 忠男
 2000年は沖縄  さて、森と私との接点 米外交や沖縄サミットに  沖縄には、 年代に2 8サミット(ロシアも参加) は意外に早くやってきた。 ついて何らかの見解が述 度訪れる機会があり、市 の年であった。 7時代 首相就任から1月後、大 べられるかと半分は期待 街地の真ん中にある普天 に日本が議長国を務めた 型連休中の5月5日に、 したが、世間話の延長み 間飛行場の危険を間近に 主要国サミットは 、 、 森がニューヨークにきてビ たいなことばかりで政策 見てゾッとした。琉球放
ル・クリントンとの首脳 的な領域に踏み込むこと 送会長の案内で、本島北 会談に臨んだのだ。小渕 はなかった。ただ、終わ 部の名護市辺野古に行き、 が倒れる前に決まっていた り際に森が近づいてきて 「ここに滑走路を新設す 日程だった。 「内田さん、昼は有難う る」と言われた。すでに  森には子息2人が同 ございました」と子息に 米海兵隊のキャンプ・シュ 行していたので、彼らを ランチを提供したことに ワブと、キャンプ・ハンセ
年の3回、いずれも東
京で開かれた。本社の取
材陣が大量動員されるの
だから一時帰国するまでも
ない、と私は取材に帰国
しなかったが、沖縄開催と
なって出張要請が来た。 日本食のランチに誘った。 短く礼を言った。 ン基地があり、普天間の
庁などと言う役所ができ、 =デジタル・トラン スフォーメイションなどと  沖縄サミットは、私の 言う言葉が殊更に強調さ
 首相は森喜朗。 年に 下野して自社対立の 年 体制に終止符を打たされ た自民党は、翌 年、村 山富市・社会党委員長 を首班指名する奇策を打 って政権に復帰、 年に 橋本龍太郎、 年から 小渕恵三と自前の総理に 切り替えていたが、その 小渕が 年4月2日に脳 梗塞で倒れ、再起不能と なった。自民党は、青木 幹雄、野中広務、村上 正邦、亀井静香に森喜朗 を加えた有力議員5人が 緊急協議し、幹事長だっ た森を後継総理にするこ とを決めたが、この密室 談合による決定が不評を 極め、森内閣は低支持率 で発足、翌年2月には読 売新聞の世論調査で8・ 6%とヒト桁に沈み込む 惨状を呈した。
初めての日米首脳会談に 特別な思いや提案でもあ れば聞き出したいと思っ たのだが、2人の答えは
 「これでは沖縄サミット 移設先としては絶好に思 に多くを期待しない方が えていたので、いま一度、
◇
低調な予測に反して、そ れている状況である。 んのお手元に配布されて た。
「何も聞いてません。自 然体じゃないですか」とい うトボけたもの。「自然体」 で日米首脳会談に臨んだ 総理など聞いたことがな い。森というのは、総理 就任後にプーチンを仰ぎ 見るような会談を重ねた が、外交に習熟していた わけではない。7月初旬 の沖縄サミットへの覚悟も 聞いたが、「まだ、これか らでしょう」――。「対処 方針は、もう決まってる はずだぞ」と言ってやりた かったが、2人が何も知 らず、関心もないのが明 らかなので、それ以上の 質問は諦めた。  その夜、森と報道陣の 夕食会があり、今後の日
良い」というのが私の結 現場を見に行った。 論で、6月末、猛暑の東  さらに、本島南端・糸 京に入った。うだり上が 満市の平和祈念公園には
れなりに成果を上げた。  一般討議では、重債務  恒例のコミュニケや首脳 に苦しむ貧困国問題への 声明と並んで、「グローバ イニシアチブ、多角的貿 ルな情報社会に関する沖 易の利益を途上国が享受
いるコミュニケに反映され  一連の経過を直近から ている。議長として、私 見ていて感じたのは「サミ は、 世紀を形作る最 ットの成熟」と言うことだ も強力な力の1つとなる った。年に一度、主要国
った体で沖縄に着くと、 「平和の礎(いしじ)」がで に関するルールが、経済
なり、人々が一層の繁栄
を享受し、心の安寧を得、
より安定した世界に生き
られるために、どのよう
なことをして行かねばな
らないか、活発で実り多
い議論を続け、この目的
のために最大限の努力を
することで一致した。私
は議長として参加首脳の
意見のとりまとめに全力
をもってあたり、 世紀 ではない。役人の作文で の世界と我が国の進路を はあろうが、冒頭発言を 切り開くべく、全力を尽 一気に読み下した森の表 くした......今次サミット 情には、得意と安堵の両 での議論の成果は、皆さ 面の感情が浮き出してい
人を超えると言うから、 壮観ではある。
縄憲章」という文書が採 択された。  「情報通信技術=
は 世紀を形作る最強の 力の一つであり、すべての 者に大いなる機会を提供 する......人々が潜在能力 を発揮し、希望を実現し うる社会を目指し、持続 可能な経済成長、民主 主義の強化、国際的平 和・安定などの諸目的の ために は活用される べき」とする。そのために、
できるよう支援する、バ イオテクノロジーやヒト ゲノムなどの生命科学、 気候変動、感染症、テロ ......など 世紀入りを目 前にした世界が抱えてい た幅広い重要課題を網羅 して、それぞれに対応を 促した。  終了後の森の記者会見 も、整然と行われ、発言 にも問題になる箇所はな かった。  「今回のサミットは故小 渕前総理が万感の思いを 込めて沖縄開催を決定し たことに基づくもの...... 私達 8の首脳は、この 沖縄の地で、 世紀が平 和と希望に満ちたものと
を主要テーマの一つ として位置づけた。
首脳が席を同じくして膝 詰めで話し合う目的から 発して、首脳側近らが事 前会合を重ねてテーマを 設定し、落とし所を探し、 各文書ををほぼ完成形 に近いまでに作り上げる ――という作業が完全 に定型化されたのである。 山の頂上を意味するサミ ットに導く、登頂案内人 ということで「シェルパ」と 呼ばれる上級官僚たちの 意志と能力が、サミット そのものの成否を決める ところまで昇華したので あった。
「デジタル・オポチュニテ ィ( が提供する機会) の活用、デジタル・ディ バイド(情報格差)の解消 に向け、全世界的参加を 呼びかける」とし、「
がもたらす利益を最大の ものとし、これを万人が 享受できるようにするた めには何をなすべきか、 途上国と先進国との間の 情報格差を如何に解消 するかといった点を中心 に議論を行った。その結 果をとりまとめ、全世界 的な参加を呼びかけたも のが、 に関する「沖 縄憲章」であり、この憲 章が今後の世界経済の発 展にとって、重要な役割 を果たすものと期待して いる。我が国は、 を 経済発展のための起爆剤 とするため、関連ルール
 ただし、これはサミッ トの「形骸化」でもあった。 (敬称略、つづく)


























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