2020年1月24日号 Vol.366

収集品にみえる独特の選択眼
「ファウアスコウ・ニューヨーク」
開館記念展「小豆は南部で育つ」


Installation view of Edward and Nancy Reddin Kienholtz, The Ozymandias Parade, 1985; Yu Hong, "Life Weekly" Cover, no. 37, 2001, 2001, & "New Weekly," December 15, 2018, 2019. Photo by Tom Powel Imaging © Faurschou Foundation


Richard Mosse, Incoming, 2014-17. Photo by Tom Powel Imaging © Faurschou Foundation


Paul McCarthy, CSSC, Frederic Remington Charles Bronson, 2014-16. Photo by Ed Gumuchian © Faurschou Foundation


富裕なアートコレクターが、自慢のコレクションをお披露目すべく個人美術館を創設する。こうしたスペースが、ニューヨークでも目立って増えている。昨年春には、J・トミルソン&ジャニーン・ヒル夫妻の「ヒル美術財団」がチェルシーにオープンし、世界有数のウォーホル・コレクションで知られるピーター・ブラントの「ブラント財団アートセンター」がイーストビレッジにお目見えした。
そして12月、ブルックリンのグリーンポイントに登場したのが、デンマーク在住のコレクター、イェンス・ファウアスコウの「ファウアスコウ・ニューヨーク」である。グリーンポイントは、ポーランド移民の街で、ハムやソーセージの店が多く、物価は中華街より安い! などと、つい話が逸れてしまうのは、実は、2000年代前半、私が数年間住んでいた懐かしいエリアだから。川沿いには高層ビルも目立ち、お隣のウィリアムズバーグ同様、商業化が進んでいるが、鄙びた住宅地といった風情はいまも変わらない。
いわば里帰りの気分で訪れた新スペースは、昔の靴工場を改装したという天井高の平屋の建物。中はいたってシンプルな作りで、開館記念展に並ぶのは、蔡國強 やヤン・ヴォー、アンゼルム・キーファーら、俗にブルーチップと呼ばれる有名作家のオンパレードだ。ところが、どれも見たことのない作品ばかり。そして超巨大。
たとえば、エドワード&ナンシー・キーンホルツ夫妻の電飾ピカピカのど派手なインスタレーション。素性不詳のモンスター将軍(一説には古代エジプトの独裁者)を描いたもので、夫妻の作品に特徴的な戦後アメリカのレトロな雰囲気が漂う。すなわち繁栄の陰のダークな側面や人の愚かさが浮き彫りにされ、いま現在のアメリカvsイランの不穏な状況とも重なり合う。見ている者を現実に引き戻す力。それがアートの強さだとすれば、さらに強力な作品が、リチャード・モスの三面の映像だ。
モスは、アイルランドの作家で、軍事用に開発された赤外線フィルムによる写真で有名だ。今回の映像作品では、モノクロ反転というべきか、形態も表情も定かではない人物たちがうごめいている。撮影には、超望遠の赤外線サーマルカメラが使われ、人物の表面が白黒まだらに「動いて」見えるのは、身体表面の温度(汗や涙、傷口など)を微妙に反映しているからだという。技術もさることながら、大型船が登場する場面は、明らかにドキュメント(ボート難民の救出?)だろう。いや、すべては架空の世界なのか。この不思議さかげんが、「いったいこれは何?」という切迫感で見る者を突き動かす。
展示の組み合わせもユニークだ。カリフォルニアのバッドボーイ、ポール・マッカーシーの高さ5メートルもあるカウボーイ像と並んで、ドイツの巨匠画家ゲオルグ・バゼリッツの負傷兵の英雄像がみえる。華やかな一室には、トレイシー・エミンのピンクのネオンアートを背景にルイーズ・ブルジョワの巨大「カップル」が頭上高く登場し、床には艾未未の珍しい石膏像がペアで眠っている=表紙写真=。石膏像のひとつは、艾の自画像であり、そばに広がる赤黒い木の実は、マメ科の灌木オルモシアのタネだという。このタネはしかし、ちょっと見には、本展タイトルにある「小豆は南部で育つ」の小豆のようにも見える。タイトルは、唐の時代の詩の一節から取られたもので、中国では、小豆は血や涙と比較され、恋慕の象徴であると同時に、抑圧からの解放を目指す情熱をも表すという。
なんにせよ、このコレクション展には骨がある。ファウアスコウは、単なるコレクターであるより、四半世紀もの間、コペンハーゲンに画廊を構え、早くから中国の作家に関心を示してきたという。本拠地と北京に続いて、ニューヨークは3つ目のスペースだ。80年代のディア・センターを思わせる、その飾り気のないスペースといい、収集品にみる独特の選択眼といい、少なくとも「ニューヨーク進出」の門出には成功した。いや、私にはヨーロッパからの殴り込みのごとき衝撃だった。これまで見てきたコレクター展とはちょっと違う。入場無料というのもいい。何より、グリーンポイントにスタジオを持つアーティストたちのハブになるのでは。そんな期待もある。(藤森愛実)

The Red Bean Grows in the South
■4月11日(土)まで
■会場:Faurschou New York
 148 Green St., Greenpoint, Brooklyn
■入場無料
www.faurschou.com



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