2019年1月25日号 Vol.342

[連載(2)]
激動する国際社会

グローバリズムへの懐疑(後編)

内田忠男
(国際ジャーナリスト / 名古屋外国語大学・大学院客員教授)

グローバリズムへの懐疑(後編


=前号からの続き=

大統領選挙でトランプが目を付けたのは中西部の「ラストベルト」と呼ばれる地域。製鉄業はじめ多くの鉱工業が立地していたが、グローバル化の波の中で、中国など労働賃金の安い国に流出。工場は閉鎖・縮小に追い込まれ、多数の白人労働者が職場を失った。

本来、民主党の地盤だったが、トランプは「工場を呼び戻す、キミたちの仕事を復活させる!」と訴えた。トランプ政権が発足し、グローバル化に背を向けた政策をぶち上げる姿を見て支持者たちは、「トランプは約束を守るオトコだ!」 と再評価している。

金融機関の助けになる金融規制緩和を公言するトランプ大統領が、金融機関に怒りを抱く民衆の支持を吸上げるというのは、皮肉という他ないが、大統領の支持率は共和党員の間では9割近くに上る。但し、共和党支持者の15%はトランプに否定的な見方をしている。

アメリカの首都ワシントンで 霞ヶ関・永田町に当たる「Inside Beltway(環状道路の内側)」という言い方がある。トランプはこれを「Swamp(沼地)=既得権益が充満した沼地=」と呼び、「それを根本的に変えるのだ!」と主張するが、そのために繰り出す政策は異端としか言いようがない。

こうした政治の様変わりは尋常な状況には思えない。トランプは2年前の大統領選挙中からテレビの3大ネットワークとニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙など、既存の有力メディアに露骨な敵意を表してきた。「彼らが伝えているニュースは真実を語っていない、フェイクニュースだ!」と。この敵意は大統領になって薄まるどころか、さらに濃くなっている。

昨年夏 、ニューヨークを訪れた際に、共和党を支持している古くからの友人が、「我々には5つの敵がいる。3大ネットワークとニューヨーク・タイムズ紙やワシントン・ポスト紙だ」と話すのを耳にし、トランプの影響力の強さには驚嘆するしかなかった。

平等や自由という価値観を持たないアメリカの歴史で初めての大統領、殊更に敵意を煽り、社会的少数者や弱者を侮辱する、常習的にウソをつく大統領であるにもかかわらず、「メディアこそがアメリカを貶める元凶だ!」と声高に叫び続けている。ついには公の演説で、「メディアは人民の敵!」とまで決めつけた。トランプの支持者たちは、そういった大統領の演説に狂喜し、喝采を送る。これは尋常な情景ではない、だが、これがまごうかたなき現実でもある。既成の権力、既成の論理に対する怒りの激しさを改めて知らされる想いである。

では、こうした八方塞がりとも言える状況を打開する道はあるのだろうか?

一言で言えば、所得分配の仕組みを変えることだ。例えば、教育や健康医療、介護など公的サービスの色彩が強い分野の賃金を上げて雇用を作り出し、生産性を上げる。もう一つは、サービス業を中心とした技術開発・研究開発を、政府がテコ入れしてスピードアップする。それによって所得格差の拡大を抑え込む。何よりも持続的な成長が大前提、必須の条件である。

これは必ずしも新しい試みではない。産業革命で経済規模が拡大すると、労働者の抗議活動や暴動が起きた。すると政府も社会の不安定化を防ぐ目的から格差是正のため様々な政策を実施。そのポイントが、所得再分配政策と社会保障制度であり、労働者を失業から守る雇用保険制度が整備。教育・医療の無償化や、年金などの制度も整備され、累進課税制度で高所得者から低所得者への所得移転も行われた。これらの制度が現在、役立たずとまでは言わないにしても効果が薄れてしまっている。そして今では、民主主義や資本主義といった旧来のイデオロギーを拒絶する空気さえある。

しかし、これらに代わる何かが生まれるかといえば、それも容易なことではないだろう。何か妙案はありませんか?(一部敬称略)

=次号は「内戦」 =


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