2019年2月8日号 Vol.343

視聴率競争が生む悪夢
B・クランストン、迫真の狂気
「ネットワーク」

ネットワーク
ライブ映像はヴァン・ホーヴェのシグネチャースタイル Bryan Cranston and the cast of Network. All Photos by Jan Versweyveld, 2018

ネットワーク
調整室からハワードを見つめるダイアナ達 (l to r): Tatiana Maslany, Julian Elijah Martinez and the cast of Network

ネットワーク
失業、犯罪、インフレ…「俺は怒っている!」Bryan Cranston and the cast of Network


めくるめく2時間。「ネットワーク」を一言で表現するとそれに尽きる。スリリングな展開に斬新なセット、物語の理不尽さ。視覚と感覚にぐいぐいと迫る、今、ブロードウェイで最も刺激的な舞台だ。
原作は1976年のシドニー・ルメット監督の同名映画で、視聴率競争に狂奔するネットワークテレビ局の人々を辛辣に風刺した佳作。舞台版は2017年秋にロンドンのナショナル・シアターで初演、オリヴィエ賞演劇作品賞と主演男優賞を受賞。2018年12月にブロードウェイで開幕し、売り切れ公演続出の大ヒット上演中である。

長年ニュース番組のキャスターを務めて来たハワード・ビールは、視聴率の低迷を理由にクビを言い渡される。絶望した彼は生放送中に拳銃自殺をすると宣言。常軌を逸した彼の言動に、番組の視聴率は跳ね上がった。野心家の編成局員ダイアナは、正気を失いつつあるハワードが大衆の怒りを代弁するという娯楽番組を作り出す。人々は熱狂し、視聴率は堂々の一位に。しかし、ハワードの発言の方向性が変わるやいなや視聴率は急落。窮したダイアナ達は彼を始末することを決める。それも最も視聴率の上がる方法で…。

演出家のイヴォ・ヴァン・ホーヴェは、当時この映画を見て「こんなことはあり得ない。SFだ」と感じたと語っている。「ネットワーク」で描かれたマスコミの倫理の崩壊、ニュースと娯楽番組の境界線の消失、大衆迎合主義など、40数年前には「SF」だと感じられた事柄だが、今や身近な現実だ。トランプ大統領就任式の出席者数を巡る「もう一つの真実」やフェイクニュースに至っては、我々の目の前で事実が捻じ曲げられていった。その全てを予見したかのような「ネットワーク」、まさに時を得ての舞台化である。
この型破りなストーリーは圧倒的なビジュアルの中で展開する。テレビ局さながらの番組セットや調整室、多数のスクリーンには撮影クルーの映像がライブで映し出され、昔のCM等と入り混じる。まるでタイムズスクエアのど真ん中にいるようだ。舞台の一角にはレストラン&バーもあり、オンステージ席は3コースにカクテルが供される特別席(299〜425ドル)。
そして、キャストと製作陣には超一流どころが集結。
主演はドラマ「ブレイキング・バッド」で人気沸騰、2014年にはトニー賞も受賞したブライアン・クランストン。ハワードの狂気と悲哀が乗り移ったような迫真の演技から片時も目が離せない。
一方、ダイアナ役のタチアナ・マスラニーは、日本でもリメイクされた「オーファン・ブラック」で高い評価を得た実力派だがどうも違和感があった。しかし、クランストンの名演だけでお釣りが来るほど価値がある。
ベルギー人演出家イヴォ・ヴァン・ホーヴェは世界の演劇界から熱い注目を集めている鬼才。実験的かつミニマリストでありながらスペクタクル性も兼ね備え、「橋からの眺め」ではオリヴィエ賞とトニー賞の演出賞を受賞。2020年2月に開幕する「ウエストサイド物語」の60年振りとなる新演出に抜擢されたことからもその才能への期待は明らかだろう。また、個性ある舞台美術と照明のヤン・ヴァースウェイヴェルドとは公私ともにパートナーで、彼の演出に不可欠な存在となっている。
残念だったのは、舞台化の翻案(リー・ホール)が少し物足りなかったこと。サブプロットが埋もれてしまっていたのは、原作へのリスペクトが大きすぎたからか。

終演後、席を立ってから歴代の大統領就任式の映像が流れ始めた。現職の大統領の場面になると客席からブーイングが湧き起こった。同時に大声で歓声を送っている一団も。「ネットワーク」が見せつけた悪夢を現実にしたのは一部の人間のみならず、我々大衆なのだと痛感しつつ劇場を後にした。(高橋友紀子)

Network
■4月28日(日)まで
■会場:Belasco Theatre
 111 W. 44th St.
■$40〜
■上演時間:2時間
networkbroadway.com


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