2020年2月21日号 Vol.368

声なき声の存在を記録
壮大なパブリックアート
「JR:クロニクルズ(年代記)」


28 Millimètres, Women Are Heroes, Action dans la Favela Morro da Providencia, Favela de Jour, Rio de Janeiro, 2008. Wheat-pasted posters on buildings © JR-ART.NET

The Chronicles of New York City, 2018-19. at Domino Park, Williamsburg, Brooklyn. Photo by Manami Fujimori

28 Millimètres, Women Are Heroes, Action dans la Favela Morro da Providencia, Favela de Jour, Rio de Janeiro, 2008. Wheat-pasted posters on buildings © JR-ART.NET

Migrants, Mayra, Picnic across the Border, Tecate, Mexico-U.S.A., 2017. Wheat-pasted poster on table © JR-ART.NET


南米リオデジャネイロのスラム「ファベーラ」に出現した巨大な目の写真で一躍有名になったフランスのアーティストJR。頭文字だけの名前や1983年生まれという以外、素性は定かではない。この匿名性や、自作の写真を許可なく建築物に貼っていくという神出鬼没のやり方で、イギリスのお騒がせ作家バンクシーとも比較されることの多い、ストリートアートの代表選手である。
しかし、JRアートの大きな特徴は、こうした街中での制作のもようがしっかり映像に残されているということだろう。写真自体は一夜にして剥がされてしまったり、建物ごと撤去されてしまったりするが、スラムや難民キャンプ、被災地などを訪れ、いわば声なき声の存在を記録するという意味で、JRの試みは実に壮大なパブリックアートとなっている。
今回、ブルックリン美術館での展覧会が成功しているのは、こうした過去のプロジェクトの記録映像や人々との対話がふんだんに紹介されていることだ。と同時に、太い円柱が林立する、二層吹き抜けの大ホールを使った大規模展示は、建築物の間から見え隠れするストリートアートの臨場感をうまく引き出している。現場で見るはずのアートが、美術館という箱の中でも生きている。
2004年に始まる初期のシリーズ「ある世代のポートレート」は、北アフリカ出身者が多いパリ郊外の移民街「モンフェルメイユ」に住む人々を捉えたものだ。JRも住んでいたというこの街の、職にあぶれた若者たちに声をかけ、あえてしかめっ面で、あるいは威嚇の表情で捉えたポートレートの数々。それらは巨大な顔写真に引き伸ばされ、パリの洒落た街角や歴史建築の壁面に貼り出されたという。
ちなみに、被写体との交渉から深夜の写真貼り、ときに警官との小競り合いまで、当時のJRの奮闘ぶりをシネマヴェリテの手法で捉えた仲間のひとりが、今回のアカデミー賞国際映画賞の候補となった「レ・ミゼラブル」のラジ・リ監督だ。ユゴーの同名の小説ばかりか、リ監督が描いた2005年のパリ郊外暴動事件、その舞台となったのがモンフェルメイユである。
JRは、厳密な意味で写真家ではないのかも知れない。が、2008年に始まる「都市のシワ」と題されたシリーズ、なかでもキューバの首都ハバナで撮られた肖像写真は、この国の数奇な歴史を文字通り自らのシワの中に刻んで生きてきた老人たちの表情を驚くほど柔和に捉えている。古い建物の壁面に貼り出されたそのイメージは、何やら聖人、聖女を思わせる厳粛さだ。
JRの近年の仕事は、まさにこの人物写真の集合体。「ニューヨーク市の年代記」と題されたデジタル合成の写真は、高さ約6メートル、横幅は10メートル近い。橋や地下鉄、給水塔などいかにもニューヨークを思わせる背景の中、総勢1286人のニューヨーカーが蠢いている。JRは、写真スタジオ付きトレーラーで市内5区をまわり、これら普通の人々を捉えつつ、この街の集合写真を生み出したという。
実はこの大型フォトミューラル、今年に入ってウィリアムズバーグのドミノパークでも披露されている。建築家チーム「LOT-EK」のデザインによる輸送コンテナを土台にした壁面。そこに広がる大パノラマは、やはり現場にあってこそのインパクトだ。「自分があの中にいる!」と見にやって来た人と話が弾むことも。まさに人々の輪が広がるパブリックアートとなっている。(藤森愛実)

JR: Chronicles
■5月3日(日)まで
■会場:Brooklyn Museum
 200 Eastern Parkway, Brooklyn
■$16、学生/シニア$10、9歳以下無料
www.brooklynmuseum.org



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