2023年02月24日号 Vol.440

井上靖「猟銃」が原作
妻、愛人、娘の3役演じる
女優・中谷美紀

中谷美紀

女優・中谷美紀=写真=が主演する舞台「猟銃(The Hunting Gun)」が3月16日(木)から4月15日(土)まで、ヘルズキッチン地区の「バリシニコフ・アーツ・センター」で上演される。日本語上演・英語字幕。

文豪・井上靖の短編小説 「猟銃」は、実業家の三杉穣介に届いた3人の女性=三杉の妻(みどり)、三杉の不倫相手(彩子)、不倫相手の娘(薔子)=からの手紙をベースに、複雑な心理描写を軸とした恋愛心理小説だ。第22回芥川龍之介賞を受賞した同作を、カナダの映画監督で脚本家のフランソワ・ジラールが舞台化。ジラールは、自ら監督・脚本を手がけた映画「シルク」(2006年)に出演した中谷を主演に抜擢し、完成させた。2011年9月、モントリオール(カナダ)での初演を皮切りに、同年10月・11月には日本各地で上演。2016年、日本で再演され、今回は3度目の公演となる。

本作が初舞台・初主演となった中谷は、読売演劇大賞優秀女優賞、紀伊國屋演劇賞個人賞などを受賞している。



「『舞台』で演じるためには、身体の柔軟性や強靭さ、肺活量などが必要となります。デビュー後は映画やテレビといった映像の世界で活動していた私は、舞台俳優としての素質を備えていない、生涯、舞台に立つことはないだろうと思っていました。ですが、ひとつだけ『もし、舞台に立つのであれば』と考えていたことがあります。私が尊敬する演出家の故リュック・ボンディさんは、内面から溢れ出す喜怒哀楽や心の葛藤を表現することに重点を置き、『彼のような演出作品なら私にも務まるかもしれない』と感じていました」

ジラールが中谷に、「猟銃」出演を打診した際、「物語には3人の女性が登場するが、どの役をやりたいか?」と尋ねた。「3人の女性キャラクター」に「3人の女優」を配するのは当然だが、中谷の感性は違っていた。

「お話を頂いた時、ジラールさんなら私が思い描く演出をしてくださるだろうと感じましたし、私自身、肉体の限界を心配することなく演じられるのではないか、という期待がありました。とは言え、この物語は、女性3人の『バランス』が重要になると考え、『私ひとりで3人すべてを演じること』を出演条件にさせていただきました。女優同士が競い合っても仕方がない、エゴの衝突になってはいけない、と思ったのです。それぞれの役者がその役に没頭し、演技をぶつけ合うことで初めて美しいものが創造できる。ですが、それをキャスティングするのは容易ではありません。女優3人よりも、私一人が3役を演じることで、演出面でも興味深い『バランス』が生まれるだろうという確信がありました。結果的に、キャラクターの違いを際立たせることができたと思っています」

「猟銃(The Hunting Gun)」のメインイメージ

今回、中谷と共演するのは、世界的なバレエダンサーのミハイル・バリシニコフ。13年間、不倫を続けた男・三杉を演じる。

「エンターテイメントやショービジネスを志す者にしてみれば、彼は『神』のような存在でしょう。作品を通して、稽古から本番まで、演技以外でも交流できる機会を頂けたことに、ただならぬ興奮を覚えています」

舞台にはセットが無く、中谷とバリシニコフ2人だけがステージに立つ。演技とセリフだけで、あたかもそこに「何か」があるような錯覚を起こし、情景が浮かぶよう喚起させる。

「バリシニコフさんは抜群の跳躍力・表現力で、クラシックだけではなくモダンバレエにも挑戦されています。そんな彼が、あえて『動かない演技』で、三杉の行動や内面を表現していきます。ある意味、ショッキングでとてもセンセーショナル。ニューヨークでもその刺激的で挑戦的な演出をお見せします」

95分の上演中、中谷は1度も舞台袖に退かない。

「私はずっと出ずっぱりになります。ジラールさんから、『着物の着付けをしながらセリフを入れて欲しい』という要望もあり、舞台上では着付けも披露しますよ」

演出家を筆頭に、全スタッフが精魂を傾ける舞台…そこが自分たちの「見せ所になる」と続けた。

フランソワ・ジラール(Photo by Yves Lacombe)=左=と、バレエダンサーのミハイル・バリシニコフ (Photo by Peter Baryshnikov)

「猟銃」初演から11年、2度目の公演から7年、今回は共演者も代わり、中谷にも変化があった。

「作品内容はシンプルで無駄をそぎ落とし、完成させたパッケージです。ですが私自身、年齢を重ねたことで読解力や演じる役柄の内面など、これまで以上に深く読み取ることが出来るようになりました。例えば、前回までは薔子を『無知な世間知らずの少女』と捉えていましたが、今回は『一人の人間』として認められるようになりました。より深い理解を持ち、演じられるようになったことは、私の内面性が変化した結果だと感じています」

ニューヨークは、演劇、アート、音楽など、常に新しいことが始まり、チャレンジングでパワーを感じると話す中谷。

「エンタメの中心地で、世界中からトップを目指す人々が集まるニューヨークで公演出来ることを本当に嬉しく思っています。この場所で日本文学や日本文化の美しさを伝えたい。海外での日本女性の印象は、表情がなく、意見を持たず、従順で男性に傅く、と思われることも多いですが、この作品を通し、実際の日本女性はとても強い意志を持っていることを伝えたい、『猟銃』なら、それが可能だと思っています。原作は日本文学ですが、どの国でも共感できる部分がありますし、日本人の方々はもちろん、異なる国・文化・ルーツを持つ皆様にも見ていただきたいです」

これまで、ニューヨークで余暇を過ごす際には、カーネギーホールで音楽を楽しみ、グッゲンハイムやホイットニー美術館などにも足を運んでいたそうだ。

「今回はかなりエネルギーを使う公演になりますし、外出を楽しむという気分にはなれないので、休日はひたすら寝ることになるでしょう。多分、食事もずっと同じものになってしまうのでは(笑)」

ジラールとの出会いがなければ、舞台に立ち、感情表現することはなかった、と出発点を振り返る。
「これまで以上に素晴らしい公演にするために備え、全力を尽くします」と、力強く結んだ。

The Hunting Gun(猟銃)
■3月16日(木)〜4月15日(土)
■会場: Baryshnikov Arts Center
 450 W. 37th St.
■上演時間95分(インターミッション無し)
■$35〜
www.thehuntinggun.org
■中谷美紀インスタ@mikinakatanioffiziell


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