2021年2月26日号 Vol.392

アメリカ拠点の黒人作家37人
立ち上がるアートの力
「悲嘆と不満:アメリカの美術と喪の時代」

Ellen Gallagher, Dew Breaker, 2015. Courtesy the artist and Hauser & Wirth

ニューミュージアムの全館に広がる展覧会「悲嘆と不満 : アメリカの美術と喪の時代」は、ナイジェリア出身のキュレーター、オクウィ・エンウェゾーが企画したものだ。90年代後半に始まるグローバリズムや「複数のモダニズム」など、アート界の多様化と美術史の見直しに先鞭をつけた彼は、白人中心のアート界にあって、ドクメンタやベニス・ビエンナーレなど、世界屈指の国際展の芸術監督を務めた。教職にもあったが、2年前、本展の準備の最中に癌で亡くなっている。55歳の若さだった。

もともとは、大学の公開講義のテーマとして構想された本展のタイトル「悲嘆と不満」とは、ズバリ「黒人たちの悲嘆と白人(至上主義者)の不満」であると、エンウェゾー自身が語っている。この対立感情を煽ったのが、2016年の大統領選挙戦の終盤にゲティスバーグで行われたトランプ陣営の集会であったとも。



ゲティスバーグといえば、自由と平等の原則を宣言したリンカーンの演説で有名な、いわばアメリカ民主主義の聖地である。ここで、米国史を紐解くのは、館内の解説パネルに任せるとして、エンウェゾーは、こうした社会の分断をいち早く感じ取り、その中でのアートの役割、とりわけ黒人作家の姿勢を問うことになる。こうして、本展の参加作家37人の全員が、アメリカ拠点の黒人作家という形になった。

思えば、ここ数ヵ月、黒人作家の個展や企画展が目立って多い。仲間内でははや、「またか」という声が聞かれ、ただ単にBLM運動を背景にしたアート界の内部改革だと解釈する人もいる。だが、少なくともこの37人は、若手であれベテランであれ、すでに評価の定まった作家たち。意図的な取り上げなど必要のない面々だ。

Dawoud Bey, Fred Stewart II and Tyler Collins, from the series “The Birmingham Project,” 2012. © Dawoud Bey. Courtesy Rena Bransten Gallery, San Francisco, and Rennie Collection, Vancouver

一方、エンウェゾーの審美眼は、反ポリティカル・アート、反プロテスト・アートに徹している。たとえばエレン・ギャラガーの絵画連作「デュー・ブレイカー」。薄いブルーの画面にはノート用紙が一面に貼られ、青インクの点線が続いている。中央にコラージュされたモチーフは、どこか脊椎を思わせる身体のイメージだ。デビューの頃から注目してきたこの画家が、絵肌であれ、構成であれ、これほど完成の域に達していたとは。が、抽象的なそのモチーフは、実に、アフリカからの「輸送」中、妊娠が分かって海中に投げ出された女奴隷の逸話に由来している。

ダウッド・ベイの二連のポートレート連作「2012年、バーミングハム・プロジェクト」は、おそらく血縁関係にはないであろう若者と老年の対比と、それぞれの実直な視線が見る者の目を射る。何か言いたげなその視線が気になる。作品の背景にあるのは、1963年、バーミングハムの教会でクー・クラックス・クランの襲撃により命を落とした4人の少女たちだ。少女たちと同年齢の若者と、彼女たちがいま生きていたらと想像させる年代の大人がモデルとなっている。



作品の意図に興味が湧くのは、あくまでも作品自体の強さや美しさ、そのインパクトがあってのことだ。ラシッド・ジョンソンの大規模インスタレーション(観葉植物の陰にピアノが設置され、随時パフォーマンスがある)を囲んで、マーク・ブラッドフォードとジュリー・メレテュの激しい筆触の抽象画が並ぶ。これら大作に混じって登場するジャック・ウィッテンの小品「1964年、バーミングハム」も、静かにして強烈だ。

Rashid Johnson, Antoine’s Organ, 2016. © Rashid Johnson. Photo by Dario Lasagni. Courtesy the artist and Hauser & Wirth

若手コンセプチュアリストのキャメロン・ローランドの制度批判の作品や、先ごろガゴジアン画廊で個展を開催したシカゴ拠点のシアスター・ゲイツの映像作品も秀逸だ。ロビー階では、2019年のベニス・ビエンナーレで金獅子賞に輝いたアーサー・ジェイファの映像コラージュ「愛はメッセージ、メッセージは死」が登場する。この作品を見るだけでも、本展を訪れる意味がある。

いや、会場全体から立ち上るアートのパワー。そこで気づくのは、近年の黒人作家の台頭とは一過性・一個人のものではなく、長年に渡って培われた意識的な共同作業ではないかということだ。本展は、そうした作家たちから敬われ、慕われた黒人キュレーターのパイオニア、オクウィ・エンウェゾーの遺志を継ぐ、美しい追悼展ともなっている。

Grief and Grievance:Art and Mourning in America
■6月6日(日)まで
■会場:New Museum:235 Bowery
■大人$18、学生$12、シニア$15
www.newmuseum.org


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