2018年3月16日号 Vol.321

ライランス渾身の舞台
国王に尽くしたカストラート
「ファリネッリと王様」


Mark Rylance as King Philippe (All Photos © Marc Brenner)


Sam Crane as Farinelli


劇場の扉をくぐると、ルーベンスの絵のような豪華ロココ調セットが広がっています。ステージでは、18世紀初頭の衣裳を身につけた貴族の楽隊が開演前からロマン主義音楽を古楽器で生演奏、やさしい音楽が耳に流れ込んできます。マンハッタンの喧噪から一瞬で別世界に誘う演出は、劇場の正しい使い方だと感心しました。
嬉しくなるのは、物語の舞台となっている1727年当時に上演された芝居形態に近いかたちで、体験させてあげようという心づかいが随所になされていることです。夕闇が迫る設定で、舞台上では開演前の儀式のように、召使たちがシャンデリアや部屋のほうぼうにある燭台に1本1本、本物の炎を灯していきます。役者を照らすステージライトにまでロウソクを使うこだわりよう。
舞台上には、ダニエル・ラドクリフの主演舞台「エクウス」以来、10年ぶりにステージシートもしつらえて、往時さながらの贅沢な貴族生活を間近で見ることができるのです。
こんな細部にまでこだわった作品、誰が手がけたんだろうと思ってプレイビルを見て納得。主演のマーク・ライランスの奥さん、クレア・ヴァン・カンペンの作でした。これまでトニー賞を3回も獲得しているライランスですが、オスカー受賞後はこれが初めての舞台。彼見たさで3階まで満席だったんだとうなずきました。
そのカンペンが最愛の夫に当て書きしたスペインのフェリペ5世は、実在した人物。18世紀初頭、女性が舞台に立つことを禁じていたスペインでは、ソプラノは男性歌手がカウンターテナーで歌う「カストラート」が代役を果たしていました。
そのカストラートと王様の性倒錯の話かと思っていたら、全然違いました。
物語が始まると、王様はベッドの上で金魚の入った金魚鉢を右手に抱え、その鉢の中に釣り糸を垂れて遊んでいます。金魚鉢のごとき王宮で楽しみに事欠く国王の生活。そんな王を心配して、妻のイザベラは様子を見に来ます。部屋が暗いからとロウソクに火を灯すと、炎に狼狽した国王は、手にしていた金魚鉢の水を妻の顔にぶち撒けるのです。
どんなにアッパラパーでも、相手は国王。機嫌を損ねればたとえ妻でも命を取られかねません。取り乱すことなく、イザベラは一礼して退場。王は自分が殺しておいて、投げ出された魚が気の毒だと、せめて月が見える場所で眠らせてやろうと庭に横たえるのです。
国王は、人前では立派な服装にかつらをかぶり、威厳を保ちます。どこかで見た格好だと思ったのは、有名なフランスの太陽王・ルイ14世の肖像画でした。それもそのはず、フェリペ5世はルイ14世の直系の孫。彼の取り巻き連中が機嫌取りにと連れて来たのが、今をときめくカストラートのファリネッリでした。
このとき国王41歳、ファリネッリ24歳。国王は、この堂々とした初対面の若者に、「気に入らなかったら首を落とす」と脅迫します。ファリネッリはそんな脅しをものともせずに、噂にたがわぬ歌声を披露するのです。
この歌のシーンの幻想的なこと! 驚くのは、ファリネッリと同じ扮装をした、歌だけを披露するプロの歌手が、分身したように背後から、天上の歌声を響かせながら登場すること。夢のようなシーンに、あなたもうっとり酔いしれることでしょう。
彼に興味を示した国王は、ファリネッリの告白から、彼がボーイソプラノを保つため、親に10歳で去勢された事実を知ります。「私も14歳で行く末を決められた」と、幼いときに親に将来を無理強いされた共通点を見い出し、年齢を超えた親近感を覚えるまでになるのです。
国王夫妻と家族ぐるみのつきあいをするようになったファリネッリ。
あるとき、大臣の持って来た難題に、国王は的確に回答。源氏の再興を願い、普段はわざと阿呆を装って周囲をあざむき、平家討伐の機会をうかがった歌舞伎の「一條大蔵譚」のような賢帝だったことが、このワンシーンだけでわかります。
そしてファリネッリは、その賢帝の妻・イザベラにキスをしてしまうのです! 「賢帝」が下す決断とは…。
舞台と1階席が近い由緒正しき英国グローブ座の、新作として上演されたとわかる客席通路の多用演出は、ブロードウェイでも健在。オスカー男優、渾身の舞台を見逃さないで。(佐藤博之)

Farinelli and the King
■3月25日まで
■会場:BELASCO THEATRE
 111 W. 44th St.
■$32〜
■上演時間1時間30分
www.farinelliandthekingbroadway.com



HOME