2020年3月20日号 Vol.370

彫刻の概念を塗り替える
ドナルド・ジャッド展


Installation view of Judd (Gallery 1) © 2020 The Museum of Modern Art, New York. Photo by Jonathan Muzikar


Installation view of Judd (Gallery 4): Untitled, 1989 Untitled, 1988 (Portfolio of ten woodcuts) © 2020 The Museum of Modern Art, New York. Photo by Jonathan Muzikar


Untitled, 1989, © 2020 Judd Foundation / Artists Rights Society (ARS), New York, Photo: © Tim Nighswander/Imaging4Art


60年代のアメリカ美術といえば、ポップアートの全盛期だが、もうひとつ「ミニマルアート」あるいは「ミニマリズム」と呼ばれる動きがあり、そのスタイルはいまも健在だ。文字通り「最小限」の素材や手法を用いて、アート表現から装飾性や物語性を排除するーー絵画であれば、基本の色やカンヴァスの形、モチーフの繰り返しが主眼となり、彫刻であれば、台座なしのシンプルなフォームに加え、素材としてアルミやスチール、ときに電球など工業素材や製品が使われた。
このミニマルアートの旗手と目されながら、そう定義されることを生涯拒んでいたのが、彫刻家のドナルド・ジャッド(1928〜94)だ。いや、彼を彫刻家と呼ぶのは、厳禁かもしれない。待望の回顧展を開催中のMoMAのウェブサイトには、「まず第一に、僕は自分の作品を『彫刻』だと思ったことはないからね」などと語る、若きジャッドの姿がある。
彫刻ではない。とすれば、ジャッドが生み出したものは何か。合板やメタルシートの日常素材、単一の色、発注による工場生産。それらは、床に置かれた箱であり、同じ箱の積み重ねであり、一定の間隔で、もしくは少しずつ前後の幅が増える形で並んでいる。「ボックス」「スタック」「プログレッション」と形容された、これら3つの手法を駆使して、ジャッドは紛うことなきジャッドだけのアートを作り続けた。
MoMA展は、思いがけず新鮮だ。まずは第一室。派手派手の赤の響宴が続き、絵画風の壁の作品も多い。第二室でははや、ジャッドのアートがその後の作家たちにどれほど大きな影響を与えたかが明快に見えてくる。ジャッド=教科書といった感慨だ。第三室は完全なノックアウト。知らない作品がいっぱい。床の上の21点のトレイなど、形状が多彩。思っていた以上にカラフル。
そして、第四室。えっ、これが最後? そう、これだけ。展示はまさにミニマルで、粋の粋だけを集めた厳選の70点が、ゆったりとしたスペースの中に広がっている。MoMA6階の企画展フロアのすべてを使いながら、実に壮大なギャラリー区分ではないか。これは成功している。なぜなら、ジャッド作品とはスペースを要求するものだから。見る人の歩みと近づき加減によって、作品全体の構造も色合いも、作品が内包するスペース自体も変化していく。
たとえば、セントルイス美術館所蔵の4つのアルミの箱は、横並びでは単にメタル色のボックスだが、内部には鮮やかなブルーのプレキシガラスがはめ込まれ、この内部からこぼれ出る青い光とガラス鏡面の反射による万華鏡の効果で、見ている自分の位置さえ曖昧になる。人体彫刻で知られるチャールズ・レイは、オーディオガイドでこう感嘆しているーー「この作品は君から離れない。君の一部分だ。たとえ30年前に作られていようと、今この場所で、この時間に君と繋がっている」
そう、リアルな空間を介した、見る人との関係性。彫刻につきものの量塊や重量ではなく、同じ形状の繰り返しや数列のごとき規律性によって彫刻の定義を拡張している。その存在は、実に豊饒で美しい。ジャッド自身は、自らの作品を「スペシフィック・オブジェクト(特殊な客体/特定の物体)」と呼んでいた。この言葉は、いまや現代彫刻の展開を語る上でなくてはならないタームとなっている。
ジャッドは当初、画家を志ざし、アート界との最初の接点は、美術批評家としての活躍だった。草間彌生のニューヨーク初個展(1959年)をいち早く評価したことは、いまでも語り草だ。二人はその後、同じビルにスタジオを構え、貧乏時代を助け合う仲だったが、ジャッドの画家としての才能を見限った草間は、「絵を描くより、箱でも作ったら?」と言ったとか、言わないとか。
ともあれ、ジャッドの箱は、当初の手作りから発注による工場生産となった64年を境に大ブレイク。68年には最初の回顧展がホイットニー美術館で開催されている。この年、ソーホーに購入したスタジオビルは、ジャッド亡き後一般公開され、本展の会期中は、「アーティストは入場無料」だという。MoMA同様、コロナ感染拡大による臨時休館の早期解除が切に待たれている。(藤森愛実)

Judd
■7月11日(土)まで
■会場:The Museum of Modern Art
 11 W. 53rd St.
■$25、シニア$18、学生$14、16歳以下無料
www.moma.org
★MoMAは3月30日(月)まで閉館


Judd Foundation
■住所:101 Spring St.
■セルフガイド:7月11日(土)まで
 (毎週土曜のみ、入場は時間制)
 $22、シニア/学生$13
■ガイドツアー:火〜金・日
 $25、シニア/学生$15
juddfoundation.org
★現在閉館中、再開日未発表



HOME