2018年4月13日号 Vol.323

ギャラリー2選
総勢6人グループ展 @TRAMPS
ルーシー・ドッド新作展 @デイビッド・ルイス


展示風景から、エンリコ・デイヴィッド「無題」(2004 )、ジェームズ・リー・バイヤース「翡翠の靴」(1993-94)、 パット・オニール「黒の広がり(1012ピコ・シリーズ)」(1967)Courtesy Michael Werner Gallery and TRAMPS


展示風景から、絵画「ヴィーナスと雄牛」と椅子の数々(すべて2018)Courtesy David Lewis, New York


2度訪れて、2回とも鍵が閉まっていた。それでも、いつもいい気分になる。また来ようと思う。そう、この不思議なギャラリーは、構造自体が面白い。黒い鉄柱で区切られたスペースがいくつも連なり、ガラス壁面から内部のアートを自由に覗くことができる。白や緑、紫に塗られた板塀のごとき背景も、思いがけず洒落ている。
実はこのギャラリー「TRAMPS」は、チャイナタウンの一角、雑多なショッピングモールの2階にあり、空き店舗のスペースがそのまま使われている。モダンな壁はよく見ればペンキが剥がれ、電気系統の配線など剥き出しのまま。しかも、建物はマンハッタン・ブリッジの真下にあり、窓外の派手な看板文字もご愛嬌だ。
とはいえ、本展に並ぶアートには、オークションなら数十万ドルは下るまいと思われる超高価な作品も。巨匠ジグマール・ポルケ、マルセル・ブロータス、ジェームズ・リー・バイヤース(生前、皆、MoMAやMoMA PS1で回顧展を開催)のそれぞれ記念碑的な作品が集まっている。加えて、実験映画の鬼才パット・オニールのオブジェ、イタリア生まれのエンリコ・デイヴィッドの立体、若手で本展唯一の女性作家メアリー・カールバーグの映像が登場し、総勢6名のグループ展となっている。
世代も手法も異なる作家たちだが、「冬の夜ひとりの旅人が」なる展覧会タイトルは、かのイタロ・カルヴィーノの有名小説の題名から取られたもの。読むこと書くことにまつわる体験を曖昧かつシュールに綴ったメタ小説の中身を思えば、このアート展もまた、緩やかな繋がりの中で愛でるのがいいようだ。とにかくポエティック。まさに不思議な体験だ。
とりわけ、美術界ではほとんど知られていないオニールの彫刻オブジェが印象的だ。ガラスと毛皮、アクリル素材を組み合わせた《日を欲す》は、何と60年代の代物。が、フレッシュで魅惑的だ。また、生のジャガイモが旋回するポルケのキネティック彫刻は、なかなか珍しい。外から眺めるのもいいが、木金土の午後、画廊スタッフがいる時に訪れれば、動かして見せてくれる。

さて、チャイナタウンの中でもずっと東に位置するこの界隈からエルドリッジ通りを5分ほど歩けば、ローワーイーストサイドの画廊街だ。注目画廊のひとつ、「デイビッド・ルイス」では、巨大サイズの絵画で知られるルーシー・ドッドの新作展が開催中。大きな話題を集めている。
ドッドは、198 1年ニューヨーク生まれ。キャンバスを床に立てる形で見せたり、パフォーマンス付きで披露したり、空間・時間を巻き込んだシアトリカルな展示法に特徴がある。また、素材の多様さも独特だ。イカ墨やマテ茶の粉末、昆布茶、犬の尿など、およそ絵画制作とは縁のないはずの顔料(?)がアクリル絵の具と共存し、画布に染み込んだり、渦巻きを描いたり、ときにカサブタのように貼り付いて、豊かな絵画表面を生み出している。
「メイ・フラワー」と題された本展では、春の草花に重ねた新出発への思いや、入植移民の象徴である「メイフラワー号」の歴史を示唆しつつ、円形に並んだ手製の椅子が、アットホームな温もりを見せている。座るのはご法度のようだが、不意に腰掛ける観客も少なくないようだ。壁の絵画は、総じてこれまでより薄い筆触で、キャンバスの生成りの部分も目立ち、多少物足りない気もする。その意味では、会場中心を占める縦横4メートル近い大作《ヴィーナスと雄牛》が圧巻だ。
かつて、ピカソの傑作《ゲルニカ》をもとに同サイズの巨大絵画を発表したこともあるドッド。新作の雄牛のモチーフも、ピカソのミノタウロス連作に想を得たものだという。実はドッドは、ピカソと同じ誕生日なのだ。ちょうど100年後の生まれとあって、巨匠に対するオマージュはもとより、ライバル意識の野望も見逃せない。彫刻的でクラフト的。そんな側面も強調されたドッドの絵画展は、毎回、独自の絵画空間を創出し、実に頼もしい存在となっている。(藤森愛実)

If on a Winter's Night a Traveler
■5月初旬まで
 木金土12時〜6時
■会場:TRAMPS and Michael Werner Gallery
 75 East Broadway, 2nd Fl.
www.trampsltd.com
www.michaelwerner.com

Lucy Dodd: May Flower
■5月20日(日)まで
 水〜日11時〜6時
■会場:David Lewis Gallery
 88 Eldridge St., 5th Fl.
www.davidlewisgallery.com


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