2018年5月11日号 Vol.325

表舞台「BMX」・舞台裏「衣装」
「夢を見続ける」ということ
シルク・ドゥ・ソレイユ「ボルタ」(後編)


BMXで出演する吉田 (All Photos by Thomas Hubener, Courtesy Cirque du Soleil)


ワードローブテクニシャンの上平


「シルク・ドゥ・ソレイユ」(以下シルク)の巡回公演「ボルタ」のNJ公演が5月6日(日)で終了。続いて5月17日(木)から、場所をNYに移して上演する。会場は特製のビッグトップ(テント)だ。
小紙322号では「ダブルダッチ」で登場する日本人パフォーマー5人を紹介した(記事へ)。今回は、競技用自転車「BMX」でパフォーマンスする吉田尚生(よしだ・なお)と、シルク衣装担当の上平英代(うえだいら・ひでよ)を紹介しよう。(敬称略)

神奈川県横浜市出身の吉田。BMXに出会ったのは15歳だった。「自転車雑誌を見たことがキッカケで、双子の兄と同級生と共にBMXを始めました。当時は情報も少なく、技も簡単にできずに苦労しましたが、最初に技ができた時の喜びは衝撃的でした」。今でも新しい技が出来ると「本当に嬉しい!」そうだ。
BMXは大別すると「レース」と「フリースタイル」があり、吉田の専門はフリースタイルの中でも「フラットランド」と呼ばれるもの。スピンやジャンプなどの技からルーティンを構成し、表現するスポーツだ。「フラットランドは技の組み合わせが無限にあり、競技としての面白さだけではなく、芸術的要素も多いことが最大の魅力。はじめて見た時、『こんな小さな自転車で、なんて凄いことができるんだっ!』と、その動きに感動しました」。さっそく真似てみたが、簡単な技に見えて全くできなかったという。「悔しくて放課後にみんなで家の前に集まって練習するのが日課でした。それが楽しくて今まで続けてきました」。22歳でBMXの全国大会で優勝し、プロに転向。現在、BMX歴15年になる。
シルクを初めて観たのは6歳、東京公演「サルティンバンコ」だった。内容はハッキリと覚えていないそうだが「シルクを観た」という感動は忘れなかった。「BMXでプロになり、アーティストになると決意したものの、日本の社会はそれはど甘くない状況でした」。そこで吉田は、エンターテイメントについて学ぶため、24歳から劇団四季の美術スタッフを、28歳からイベント会社の営業として働いた。舞台に関わるうち「いつか自分も大きな舞台でBMXに乗りたい。芸術的なBMXの魅せ方を追求したい。それが実現できるのはシルクしかない」と、考えるようになった。
昨年夏、シルクに1ヵ月だけ入団した吉田。ボルタBMX初代パフォーマーの池田貴広(いけだ・たかひろ)が怪我、彼のバックアップ要員だった。「池田くんは全国大会でも常に表彰台を争うライバルで、僕の技術を信頼して声を掛けてくれました。彼は自分の道を進むために退団。僕が後を引き継ぎ、新たな役を演じることになりました」。今年3月から本採用となり、シルク歴は2ヵ月。「同じ演技構成でも毎日が本番。考えていた以上に、集中力や体力が求められることを再認識しました。『ボルタ』は、シルクファミリー全体で創っていると感じられて、それがとても幸せ。いきなり大家族の仲間入りです」と笑う。
言葉を使わず、ストーリーを展開させるシルクのパフォーマーたち。「目線や表情、体の動きひとつひとつに意味があります。『ボルタ』では、僕のBMXと母役のバレエダンサーがシンクロする演技に、ぜひ注目して頂きたいです」。繊細で、重要なシーンだという。
シルクは「夢の舞台」と話す吉田。「夢というのは一つでもなければ、変化し続けるもの。大きく無限に夢を描いて下さい」。やり方や成功するかどうかは後で考えればいい、簡単に叶う夢はつまらない、と話す。「それと、夢は一人で観ないで仲間や家族と共有すること。応援してくれる人はたくさんいます。その人達に感謝の気持ちを持って接すれば、夢は叶います。僕は30歳で大きな夢が一つ叶いましたが、それは僕に関わる人達のお陰です。夢が叶うと、また新しい夢を描くことができるのでワクワクしています。一度きりの人生こそ、最高のエンターテイメントにしたいです」

他に類を見ないアーティスティックなシルクのコステューム。青森県出身の上平は、ワードローブテクニシャンとして、ショーを支える。「子供の頃から、手芸や工作など手作業が大好きでした。大学生の頃には、舞台やミュージカル、ダンスなど、ショー全般を観るのが好きになり、衣装に興味を持ち始めました」
シルク歴は1年。入団のきっかけは、シルク日本公演「オーヴォ」や「トーテム」で、現地スタッフとして参加したことからだった。衣装修繕、維持、改善、管理に加え、モントリオールから届く各アーティストへの新衣装のフィッティングや、ステージ前の最終確認・修正など、連日、多くの作業をこなす。「さまざまなポジションの人たちと一緒に仕事をするのですが、『厳しい中でも、自由に活き活きと試行錯誤していく』という印象です」。シルクのコスチュームはパフォーマー同様、その世界観を構成する重要なファクターだ。「アーティストの身体・動き・瞬間を際立たせるために、安全で、少しでもストレスなくパフォーマンスができるコスチュームを。そしてショー全体がより美しく、強く、印象的なものになることを、日々、目指しています」
目標や結果に意識を向けるのと同時に、「それに向かっていく過程や経験」そのものがより重要なのでは、と話す上平。「いつでも、なんでも、まずはちょっとでも。思いもしなかったことや人に遭遇したり、発見したり、いろんなことが後になって繋がってきたり…。そんなことに感謝して経験を楽しんでいくことは、無意味なことにはならないと思っています」

舞台に立つパフォーマーと、それを陰で支えるスタッフ。同じ目標の下、日々の努力を惜しまず、自らのポジションを楽しみながら、仲間を大切にする「シルク・マインド」。それこそが、「シルク・ドゥ・ソレイユ」が一流であり、人々を惹き付ける理由であることに違いない。(ケーシー谷口)

Cirque du Soleil: Volta
■5月17日(木)〜6月10日(日)
■会場:The Nassau Veterans Memorial Coliseum
 1255 Hempstead Turnpike Uniondale, NY
■$55〜
www.cirquedusoleil.com/en/volta



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