2018年6月15日号 Vol.327

中世キリスト教美術とハイファッション
「スペクタクル」に融合
「神々しい身体:ファッションとカトリックの想像世界」

メトロポリタン美術館1
中世彫刻ホールの展示から、ジョン・ガリアーノのイブニング・アンサンブル(2000-01秋冬コレクション)Image: © The Metropolitan Museum of Art

メトロポリタン美術館2
中世彫刻ホールの展示から、クリスチャン・ラクロワの花のウェディングドレス(2009-10秋冬コレクション)とティエリー・ミュグレーのアンサンブル(1984-85秋冬コレクション)

クロイスターズ美術館1
「クサの回廊」に佇むピエールパオロ・ピッチョーリ(ヴァレンティノ)のイブニング・アンサンブル(2017-18秋冬コレクション)

クロイスターズ美術館2
ゴシック礼拝堂に横たわるジョン・ガリアーノのアンサンブル(2006-07秋冬コレクション)。壁際には、オリヴィエ・テイスケンのイブニングドレス(1999春夏コレクション)


5月初旬の開幕以来、「こんなのあり!?」と気になっているのが、メトロポリタン美術館で開催中のファッション展「神々しい身体:ファッションとカトリックの想像世界」である。会場に流れる感傷的でドラマチックなメロディも笑止千万。美術展にかかる音楽ほど、邪魔なものはない。
では、なぜ取り上げるかといえば、見て感じる「スペクタクル」というその一点において、本展は実によく出来ている。ハイファッションと中世キリスト教美術のマリアージュ。こんな取り合わせは、世界広しといえど、メトだからこその企画だろう。
本館の常設ギャラリーに並ぶロマネスクやゴシック時代の聖母子像や象牙細工、タピスリーに混じって、イヴ・サンローランやジョン・ガリアーノ、ロダルテら、現代のデザイナーの豪奢なイブニングドレスが次々と登場する。ヴェルサーチのメタリックなゴールドのドレスには十字架のモチーフが縫い込まれ、ドルチェ&ガッバーナのビジュー付きミニドレスは、ビザンチンのモザイク画から抜け出たようだ。
何というファッションショー。豪華絢爛、胸も露わなローカットのドレスなど、カトリックの教えにある清貧、貞潔とは真逆のようだ。が、マネキンはそれぞれ、大聖堂の高窓から差し込むかのようなスポットライトを浴びて、ひっそり佇んでいる。それらを取り囲む観客たちの熱狂。スマートフォン片手に空(くう)を見上げ、ため息をつき、まるで巡礼者がマリアさまの足元にひれ伏す如く、驚嘆の面持ちで集まっている。その光景自体、一見の価値ありといったところだ。
思えば、メトの中世美術のギャラリーにこれほど人が集まったことなどあるだろうか。大階段の両脇に始まり、中央の彫刻ホールや、アメリカ館に通じる装飾美術の部屋など、正直、通路としての存在が強く、観客は、お目当ての特別展に向かう際に一瞥するといった程度だったはず。実際、大階段の下にも展示室があったとは、私自身、今回初めて気づいた次第だ。
然るに、見るべきものはやはり美術品だろう。オートクチュールの高価な布地や、精魂傾けた刺繍や縫製、斬新なデザインがどれほど素晴らしくとも、その感激は一回限り。対して、素朴な木彫の聖母子像にある美しさ、手彫りで刻まれた衣裳の襞(ドレープ)の優美さは、目の中に永遠に焼きつく。いったい、こうした美術品とハイファッションとを並べる意味が、どこにあるのか。
とはいえ、キュレーターの説明には一理ある。日曜の礼拝であれ、司祭の前での結婚式であれ、カトリックの祭式とは、ある種のスペクタクルの創造なのだ。ルネサンス時代に行われた「聖誕」や「三博士の礼拝」をテーマとする宗教パレードも然り。豪奢、絢爛とは、いわばこの世ならざるもの、神の栄光の世界を象徴する、カトリックならではの想像世界なのだろう。
この高貴な世界を身を以て感じさせてくれるのが、階下の服飾研究所ギャラリーに並ぶ歴代ローマ法王の祭服やとんがり帽子の数々。ミトラやティアラと呼ばれる僧帽には、ダイヤモンドや真珠で飾られた、筆舌に尽くしがたいほど豪華な代物があり、アートもハイファッションも超えるほど。何度でも繰り返すが、本邦初公開のこれらバチカンのお宝を見るだけでも、メトに巡礼すべし。

別会場のクロイスターズは、全館を使っての展示だ。欧州の古い修道院の部分的な移築であるこの分館には、静謐な礼拝堂や回廊が広がっている。祭壇の前にある純白のウェディングドレスや、神に仕える尼さんたちの僧服にも似たシンプルなドレスなど、演出効果は満点。遠くから聞こえるアヴェマリアの調べも、ここでは自然だ。祈りと労働、そして音楽は、修道院生活の糧だったはずだから。
ともあれ、毎年、毎年、よくぞここまでと感嘆・驚愕するほどに野心的な展開を見せるメトロポリタン美術館の春恒例のファッション展。昨年のコムデギャルソンの「川久保玲」展といい、2015年の「中国:鏡花水月」展といい、それぞれに素晴らしかった。今回もまた、あっと驚く大劇場。その演出と実行力は、賞賛に値しよう。(藤森愛実)

Heavenly Bodies: Fashion and the Catholic Imagination
■8月12日(日)まで
■会場:The Met Fifth Avenue
 1000 Fifth Ave.
■会場:The Met Cloisters
 99 Margaret Corbin Dr., Fort Tyron Park
■大人$25、シニア$17、学生$12、12歳以下無料
 ※NY州居住者及びNY/NJ/CT州の学生は随意
www.metmuseum.org



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