2019年6月28日号 Vol.352

アメリカ美術の最新動向
作品に潜むアートの力
「ホイットニー・ビエンナーレ」

ホイットニー・ビエンナーレ
Nicole Eisenman, Procession, 2019. Photo by Object Studies

ホイットニー・ビエンナーレ
Forensic Architecture, Triple Chaser (video still), 2019. Photo by Manami Fujimori

ホイットニー・ビエンナーレ
Jeanette Mundt, Born Athlete American: Lurie Hernandez I, 2018. Image courtesy the artist and Société, Berlin. Based on a 2016 series of graphics by The New York Times


5月半ばに開幕したホイットニー美術館恒例のビエンナーレ展は、アメリカ美術の最新動向を占う選抜展。選ばれた作家はもとより、その作家を扱う画廊にとっても晴れ舞台だ。今回は、参加作家75人のうち、1980年以降に生まれた作家が7割を超え、フレッシュな陣容となっている。また、前回の2017年版では、ダウンタウン移転後の新スペースを生かした大掛かりなインスタレーションが目立っていたのに対し、絵画、彫刻、写真といった従来のメディアが主流である。
そのためか、会場は一見、地味で静かな印象だ。が、イメージの喚起力という点ではなかなか見ごたえのある作品が並んでいる。たった一点の出品ながら目を惹くのは、ジャニーヴァ・エリス(87年生)の大作絵画だ。幼子を抱きかかえて川を渡る女の絵。沼地の光景が燃えるような赤で描かれ、横たわるワニと見えたものは、胸をはだけた女性の死体――近年の水害であれ山火事であれ、人災に過ぎないことを思わせる。
 一方、米女子体操界のスター選手たちを描いたジャネット・ムンツ(82年生)の連作「生まれながらのアスリート」では、シモーン・バイルズやローリー・エルナンデスらの華麗な演技が、マイブリッジの連続写真のごとく分解画像で示されている。が、五輪選抜チームの専属医師による性的暴行の事実が明るみに出るや、ムンツの連作にも時事性や歴史の重みが加わることになった。
絵画ではほかにも、ジェニファー・パッカー(84年生)の赤やブルーの淡彩が美しい妖艶なポートレートや、マイアミ拠点の画家エディ・アローヨ(76年生)が描いたリトルハイチ地区の貧しい家屋の情景が心に残る。いずれも具象のイメージだ。
 写真もまた、昨今のデジタル画像の加工による抽象のイメージよりは、スタジオ写真など、いわゆるストレートフォトの強さが目立つ。黒人の肉体や髪型、アフリカ彫刻の細部をかっちりとした構成の中に捉えたジョン・エドモンズ(89年生)や、ゲイ仲間の自傷行為を写すエル・ペレス(89年生)。撮影者と被写体が入れ替わり、不思議なスタジオ風景を垣間見せる、いまもっとも注目のポール=パギ・セプーヤ(82年生)ら、ある意味で、ロバート・メイプルソープやナン・ゴールディンの写真の感性から出発した若手世代の台頭が見て取れる。
彫刻では、6階のテラスを占めるニコル・アイゼンマン(65年生)の巨人の「行進」が素晴らしい。芝居がかっていて、弱者が虐げられる現実世界の描写のようでもあり、皮肉とユーモアに溢れている。さらに、本展の最年長作家ダイアン・シンプソン(35年生)の壁面レリーフも圧巻だ。アール・デコの建築装飾を思わせるそのフォルムは、洋服作りにある布地の裁断と関連があるという。
このように、美的感性に裏打ちされた個性的なイメージの中に社会性が織り込まれた作品が少なくないが、今回、開幕前より大きな話題を集めたのは、実は作家選抜や作品の良し悪しではなく、美術館の方であった。ホイットニーの理事のひとりに、世界各地の民衆弾圧や難民制圧の際に使われる催涙ガスの製造元「サファリランド」の経営者がいて、館員はじめ、出展作家の一部もまた、この理事の退任を求める署名運動に出たのである。
本展には、この催涙ガス「トリプルチェイサー」を主題とする映像作品が登場する。ロンドン拠点の作家集団「フォーレンジック・アーキテクチャー」(2010年結成)が手がけたコラージュ映像であり、ネット上のニュース画像や投稿画像の中に催涙ガスの流通の実態を追跡していくというルポルタージュ風データ解析の軽快な作品で、語りを担当しているのは、元トーキングヘッズのデイヴィッド・バーンだ。
有力スポンサーや理事と美術館の関係をめぐる倫理上の問題は、近年、とみに関心を集めている。本作品が展示されているということ自体、ビエンナーレのオープン性を示しているといえるだろう。他の出展作品同様、声高なメッセージ性より、見るものの意識を煽るような淡々とした描写であり、そこにアートの力が潜んでいる。(藤森愛実)

Whitney Biennial 2019
■9月22日(日)まで
■会場:Whitney Museum of American Art
 99 Gansevoort St.
■大人$25、65歳以上&学生$18、18歳以下無料
www.whitney.org


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