2018年6月29日号 Vol.328

西洋絵画における様式の解体
あらゆる点で挑戦的
「ジェニー・サヴィル:先祖たち」

ジェニー・サヴィル 展示風景
Installation view of Jenny Saville: Ancestors, 2018. Artwork © Jenny Saville. Photo by Rob McKeever, Courtesy Gagosian

ジェニー・サヴィル 画
Vis and Ramin I, 2018. Oil on Canvas, 250 x 350 cm © Jenny Saville. Photo by Mike Bruce, Courtesy Gagosian

ジェニー・サヴィル 画
Fate 1, 2018. Oil on canvas, 260 x 240 cm © Jenny Saville. Photo by Mike Bruce, Courtesy Gagosian


イギリス人画家ジェニー・サヴィル(1970年生れ)の久々の新作展が、ガゴジアン画廊21丁目店の広いスペースを埋めている。豊満な女性ヌードで知られるサヴィルの絵画は、具象、抽象が混在する画面といい、サイズといい、圧巻だ。90年代初頭、YBA(ヤング・ブリティッシュ・アーティスツ)の一人として早くから注目され、現代のルーベンスとも、デ・クーニングやルシアン・フロイドに通じる醜悪な美の継承者とも評されている。実際、脂肪タプタプの肥満体や整形手術の痕も露わな女体の表現には、現代のリアルが潜んでいるようだ。
油彩画8点、パステルやチャコールによるドローイング3点で構成された本展も、みどころはいっぱいだ。ピカソのキュビスム時代を思わせる「宿命」シリーズの3点や、宗教画のテーマ「ピエタ」(死せるキリストを抱く聖母マリアの図)を描いた2点が目を惹く。それぞれ「ビザンチン」「青のピエタ」とタイトルされ、ゴールドを背景に人物を真正面から捉えた前者の厳格な構図は、なるほどビザンチンのイコンのよう。ルネサンスの画家ピエロ・デラ・フランチェスカのどっしりとした人物像にも重なって見える。
展覧会タイトルの「先祖たち」とは、こうした西洋絵画の長い歴史を刻む先駆者たちに言及したものだろうか。その点、「青のピエタ」は、息絶えた若い女性を抱える青年の姿や背景の瓦礫と化した建物など、いたって現代風だ。内戦やテロの悲惨を見るようで、文字通り「哀悼」の感情が流れている。と同時に、あらゆる様式の解体を試みるサヴィルの手法からすれば、もっともイラスト的で分かりやすい絵と言えよう。
さて、他の観客は、サヴィルの絵画をどう評価するものだろうか。果たせるかな、本展を巡る円卓会議(メールによるディスカッション)の一部始終が、オンラインマガジン「アートクリティカル」に載っている。同誌のエディター、デイヴィッド・コーヘンを中心に、硬派の批評家バリー・シュワブスキー、「アートネット」の創設エディターで画家としても活躍するウォルター・ロビンソン、そして4人の画家が集まり、男女比は4対3だ。
賛否両論の意見は、ときに実況中継(ガゴジアン画廊の絵の前からメール発信)も入り、侃々諤々、実に分析的だ。総じて、批評家たちは批判的で、画家たちは好意的。もとより、サヴィルの豪快な筆さばき、絵の具の扱い、その技巧と野心を疑うものは誰一人いない。肉の塊を連想させる赤やピンクの色使いにも自信が溢れている。
然るに、伝統的ペンティメンティ(描き直しの跡)が、画家それぞれの創作の証だったとすれば、サヴィルのそれは表面的なスタイルに過ぎないとか、写真イメージを拡大し、トレースした人物像はメカニカルでどれも同じといった意見もある。本物なのか、単なるスタイルなのか。この問いは、独創性が死語となったポストモダンのアートを巡る、究極の論点だろう。
とはいえ、過去のスタイルの踏襲であれ解体であれ、原作に劣る技量であれば、勝負は初めから成り立たない。サヴィルの場合は、同じ土俵にある。だからこそ、過去の巨匠との比較が自然に生まれてくる。「巨匠」という言葉自体、古臭い表現だが、本展には、かつて「なぜ女の画家に巨匠はいないのか」と題する論文でフェミニストアートの火付け役となった美術史家リンダ・ノックリン(昨年秋に他界)に捧げたドローイングもあり、サヴィルの挑戦の一端を見るようだ。
そう、あらゆる点で挑戦的。絵の中の人物は、いずれも台座や椅子に乗っかり、彫刻的な側面を見せながら、その立体感を打ち消すように、絵の具の飛沫が画面を横切っている。男女の肢体が絡むシリーズでは、部分部分の肉付けは驚くほどリアルだが、およそ人体描写とはかけ離れた構成が目を奪う。見れば見るほど、話したい事項が浮かんでくる「語らせる」絵画。その饒舌さに、サヴィルの真の力量が溢れている。(藤森愛実)

Jenny Saville: Ancestors
■7月20日(金)まで
■会場:Gagosian Gallery
 522 West 21st St.
■入場無料
www.gagosian.com



HOME