2022年7月22日号 Vol.426

過剰な触覚性を作品に
日本独自の精神世界を追求
アーティスト 松下 竜也

①ギャラリー「ルンパルンパ」(石川)で開催された「統合失調」展で作品「インサイドアウト05」(後方壁・中央)の前に座る松下 Photo courtesy of the artist

松山スタジオに所属しブルックリンを拠点に活動するアーティスト・松下竜也(まつした・たつや)は、「物心ついた頃から絵を描くのが好きだった」という。「幼稚園の頃は『迷路』にハマり、たくさん描いていたことを思い出します」。描き方にルールがない迷路は自由度が高く、複雑に込み入った絵が描けた時、喜びを感じたそうだ。

両親と妹の4人家族で、小中高は地元の愛知県で過ごした松下。高校進学受験がきっかけで、「画家になりたい」と思うようになり、東京芸術大学美術学部に入学。在学中に「高橋藝友会賞」を受賞、2006年に卒業し、東京で作家活動をスタートさせた。個展・グループ展の他、映像制作にも取り組み、土手に穴を掘って暮らすどぶねずみたちの生活空間と、意外な生態を記録したドキュメンタリー映画「どぶねずみ」は、2007年東京ビデオフェスティバルで優秀作品賞を受賞した。

2013年、それまでの作家活動に区切りをつけ、3DCGデザイナーに転身すると、映像制作会社で遊技機のビデオプロダクションを担当。技術を磨いたところで作家活動を再開させ、2022年、現代美術の中心地、ニューヨークに拠点を移した。



創作テーマは、視覚を通して感じる触覚的な感覚、「視覚的触覚性」。アーティストの村上隆が展開する現代美術の芸術運動および概念「スーパーフラット(Superflat)」のステートメントを読んだことで閃いた。

「伝統的な日本画やアニメのセル画は、平板で余白が多く奥行きに欠ける、いわゆる『平面(フラット)的』であるのが特徴です。日本画の未来が平面から発展する『スーパーフラット』ならば、洋画の未来は『ハイパーテクスチャー(Hypertexture)=視覚的触覚性』だと考えます」

「ハイパーテクスチャー」とは、松下が考案した造語。「私が考える『洋画の特徴』とは、パースペクティブよりも写実的な質感表現にこだわり、テクスチャー(触覚性)を描くこと。そんな特徴部分を抽出し、抽象的に表現する、それが私の作品です」

②指紋をモチーフにした「FINGERPRINT」Photo courtesy of the artist

解剖学者の三木茂夫からも影響を受け、「生物としての人間に対する考え方に、目からうろこが落ちました」と打ち明ける。「統合失調」展に展示され、圧倒的な存在感を放つオブジェ「インサイドアウト05」=写真①=には、内臓を連想させるヌルっとした質感が、「指紋」をモチーフにした「FINGERPRINT」=写真②=には、虫が這うようなムズムズ感が感じられる。三木の解剖図を想起させると共に、松下が子どもの頃に熱中した迷路的な要素も観て取れる。

「日本画と洋画は表裏の関係です。日本美術を海外へ伝えるための『日本画』、逆に西洋美術を日本国内へ浸透させるための『洋画』。私は元々、油絵科出身だったこともあり、日本画だけでなく洋画についても熟考しなければならないと感じたことが、『視覚的触覚性』に取り組むきっかけとなりました」

松下はまた、近代以降、日本美術の多くに共通する特徴として、「視覚的触覚性の過剰さ」を挙げる。「ドロドロでぐちゃぐちゃした不気味なもの、それが『過剰な触覚性』だと考えます。例えば、洋画家の高橋由一や岸田劉生が挑んだ写実、フット・ペインティングを編み出した抽象画家の白髪一雄、挑発的な作風で知られる前衛アーティストの工藤哲巳などに、日本独自の精神世界を感じます。広いとは言えない国土で、『共同体』を維持するための同調意識のようなもの。脳で考える『理念』ではなく、『食べて寝る』という生理現象を基礎にした、互いの『共感』を大切にする思想。それが日本特有の精神性ではないでしょうか」

さらに、アメリカのアーティスト、ピーターハリーについて、「先人たちの作品を換骨奪胎(かんこつだったい)し、意味を置き換えるやり方が素晴らしい」と評価。温故知新、日本で生まれた「過剰な触覚性」にフォーカスする。それが、特徴的で日本特有の新しい美術を創造する、と松下は考える。



7月22日から8月21日まで、松下を含む松山スタジオ所属アーティスト10人の作品展「DECAGON(十角形)」が開催(詳細別記)。松下は新作3点を披露し、似顔絵イベントに両日共に参加する。

制作過程において日本と大きく違う点を尋ねると、「東急ハンズがないことが不便です」と笑う。自ら迷路を描き、それをクリアする。難解であればある程、その達成感は計り知れない。「視覚的触覚性」という新たな迷路を創造する松下は、類例のないゴールを目指す。

■7月22日(金)〜8月21日(日)
■オープニングレセプション:7月22日(金)6〜9pm
■似顔絵&ライブペインティング実演:
 7月23日(土)・24日(日)2〜5pm
■会場:Mika Bushwick
 25 Thames St.,Brooklyn
■問合せ:admin@matzu.net


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