2018年7月27日号 Vol.330

写真展「アラブ・ストーリー」
家族とシリアの平和を願い
写真家 𠮷竹めぐみ

アラブ・ストーリー
父娘(おやこ)。息子6人の後で初めて生まれた娘 (Photo by Megumi Yoshitake)

アラブ・ストーリー


2011年3月、現在も続く「シリア騒乱」が勃発したシリア・アラブ共和国(通称シリア)。民主化運動が革命闘争へと変化し、ISによる占領、ロシアやアメリカの軍事介入など、泥沼化した争いに、今だ解決の糸口は見えない。外務省の海外安全情報によれば、シリアには最高危険レベルの「避難勧告」が出され、新たな渡航も中止するよう警告している。
そんな危険地域で暮らす人々を、心から案じている日本人のひとり、写真家の𠮷竹めぐみ氏。1995年からシリア内戦直前までの17年間、ベドウィンを撮影し続けた世界で唯一の人物だ。

1965年、東京都生まれ。中学3年の時に読んだ「アラビアのロレンスの秘密」で、ロレンスに惹かれた。「その後に映画を観たのですが、壮大な砂漠の美しさに圧倒、魅了されました」。砂漠に行きたい、アラブ世界を写真で表現したい、という想いがスッと、少女の中へ入ってきた。
東京写真専門学校報道科を卒業し、講談社「現代」編集部へ。入社して5年後、フリーランスとしての活動をスタートさせた。
実際にアラブ世界の撮影を始めたのは1987年、「現代」編集部に在籍中だ。「アラビアのロレンス」で、ロレンスが旅した5ヵ国(シリア・ヨルダン・エジプト・サウジアラビア・イスラエル)を訪問しようと計画。「当時、海外旅行は香港だけだったので、ツアーに参加しようと考えました」。そんな折、仕事で出会った中東研究家でもある大学教授から思わぬ提案が舞い込む。「ツアーで訪問しても面白くない。丁度この大学のアラビア研究会の学生2人が卒業旅行でシリアとヨルダン行きを計画しているから、君も同行しては?」という。渡りに船! と飛びつき、22歳でシリアとヨルダンを訪れた。特にシリアの人々は親切・気さくで、一度の訪問で彼らが大好きになった。後に、ベドウィンの撮影へと繋ることになるアレッポ市の国際乾燥地農業研究センターで働いていた故・折田魏朗(ぎろう)氏に出会ったのもこの旅だった。
本格的にシリアでの撮影を開始したのは1995年。折田氏の紹介で、沙漠の遊牧民ベドウィン、スヴァー族の家族の元でホームステイをすることに。その時、彼女が持参したのはカメラとトイレットペーパーだけ。「皆と同じ物を食べ、同じ水を飲み、同じ布団で眠る、彼らと共に生活する、と決めていました」。ところが、慣れない環境に戸惑い、勉強したアラビア語もスヴァー族の方言が強くて通じず、ストレスからか体調を崩してしまう。丁度、滞在ビザ延長のため、沙漠から町へ戻らなければならず、「このまま日本へ帰ろう」と考えていた。𠮷竹氏を心配したベドウィンの父・サッラールと母・アラビーアは、町に住む親戚の家まで彼女を送り、その際、皆と食事をした。沙漠の家とは異なる美しい部屋、明るい電灯、砂のついていない食器で食べる料理。ところが「美味しい」と感じない。「奇麗な服を着ている親戚の人と、ホコリっぽい伝統的なアラブの服を着たサッラールとアラビーアが並んでいるのを目にした時、沙漠でのサッラール『お父さん』と、アラビーア『お母さん』の方が、とても魅力的で美しく見えたのです」。帰国するつもりで町に出てきた𠮷竹氏だったが、清潔なベッドの上で、「沙漠に帰りたい! 『お父さん』と『お母さん』の元へ帰りたい!」と強く感じたという。
沙漠へ戻った𠮷竹氏、「写真」が変わったのはそこからだった。「私自身の意識が変化したことが、皆に伝わったのだと思っています」。いくら好きだと言えども、日本と大きく環境の異なる沙漠で「共に生活する」のは並大抵のことではない。「帰国したい」と思う程に追いつめられたことが、彼女の内面を変化させた。
「友人が訪ねて来る、羊の声がする、夜になれば焚火の周囲にたくさんの家族が集まり、お茶を飲みながら談笑する…沙漠はいつも賑やかなのです」
家族や友人と共に過ごすこと、それが「平和」であることの証だという。ファインダー越しに笑う人々の朗らかな表情には、同時に、𠮷竹氏の喜びや幸福感が写り込んでいる。
「私たちは様々な『色が付いたメガネ』=偏見・決めつけ・欲目など=で、人や事柄を見てしまう。でも23年前、初めてベドウィンの家に行った時、彼らは私を『透明のメガネ』で見てくれました。その後、夫を連れて行っても息子を連れて行っても常に変わらず、色の付いていないメガネで見て、迎えてくれる。今は一人でも多くの人に、透明なメガネでシリアの人々を見てもらいたい」
現在、聞こえてくるシリアのニュースで、明るいものは皆無だろう。平和に暮らしていたベドウィンたちは、私の「家族」たちは無事だろうかと、𠮷竹氏は不安に駆られている。
「初対面でも、女性でも、異教徒でも、旅人を客人として受け入れ、もてなす。その懐の深さ、心の大きさ、優しさが、シリア最大の魅力であり、人間世界遺産と言われる理由です。争いが一日も早く終結することを願って止みません」
憧れた沙漠で出会った「家族」との風景が戻ってくることを、沙漠で笑い合える日がくることを、𠮷竹氏は心から待ち望んでいる。

■8月2日(木)〜29日(水)月休廊
・レセプション:2日(木)6:00pm
・書籍サイン会/パネルディスカッション:29日(水)6:00pm
※上記以外は要アポイントメント
■会場: Gallery AWA(※入口で「934」をブザー)
 61 Greenpoint Ave, #306, Brooklyn
■Tel:917-460-6920 curator@galleryawa.com
www.galleryawa.com/an-arab-story



HOME