2018年7月27日号 Vol.330

表面なるものの内側
棄てられていくものに光当てる
アーティスト 宮森敬子

シェークスピア
樹拓を手に取る宮森敬子さん (Photo: Julie Lemberger)

シェークスピア
(左)『つなぐ壁』のディテール(右)ツリーラビングで樹拓をとる


表現とは何か?そんな根源的な問いを絶えず自らに発し、その答えを求め続けるブルックリン在住のアーティスト・宮森敬子(みやもり・けいこ)さん、そのプロセスそのものが彼女の仕事なのだと筆者は感じている。初期の個展「否定の否定」から、「表面なるもの」(2015年)を通過して、現在もなお、「いのち、とは何か?」という壮大なテーマに向き合う。
表面へのこだわりがそれだ。皮膚であれ樹皮であれ、生と死のそのもどかしい境界線に光を当て、表現することが独自の視点といえる。剥がれ落ち朽ち果てていくものを捕捉することで内側に厳然と在る「いのちの連綿」を際立たせようとしている。

大学時代は日本画を専攻し、大学院卒業の年に現代絵画に与えられる「三木多聞賞」を受賞。さらにその後、文化庁在外研修員としてペンシルバニア大学に一年間在籍。いったん日本に帰国した後、2000年に再びフィラデルフィアに戻りスタジオを構え本格的に制作を開始する。作品は絵画、彫刻からインスタレーションに及び、現在は日本とアメリカを基盤に積極的な制作活動を続けている。
表現手法に幅のある宮森さんの作品をひと言で説明するのは不可能だが、代表的なものに、手透きの和紙を樹木の表面に被せ、チャコールなどの自然物で擦って樹皮を写し取る「ツリーラビング」(Tree Rubbing=樹拓)や、さらにその作品で自然物や人工物を包み込んだり、切り倒された大木の根っ子や、古いタイプライターなどの廃棄物を透明なキューブ状の樹脂で固めて永久保存した作品などがある。
「表面」というものについてのこだわりを聞くと、「所詮、私の表面も剥がれ落ちていくもの。この世界はどんなものも有限であり必ず落剥します。例外はない。表層の下にはなにか大事なものがあるように思えるんです。それが『いのち』なのかも知れない。剥がれていく表面は生死の境界とも言えるのではないでしょうか」と宮森さんは話す。
かつてのフィラデルフィア時代に興味深い個展がある。
スラム街ともいえる地区が再開発のため、ビルも緑地も根こそぎ取り払われ更地にされた。その時、目にしたのが『都市の根』だった。掘り起こされて地上に倒れた巨木の根は、そこがスラム地区の沼地だったことをそのまま物語り、根はたくさんのものを抱え込んでいた。それは煉瓦であったり、便器のパーツであったりと、地中に埋もれたありとあらゆる都会生活の残滓を取り込みながら、地上に巨木と枝葉を広げていたのだ。「私はその抱え込まれていたものを3千ピースくらいに細かく砕き、2センチ5ミリ四方の透明なプラスチック容器に納めて、拡散させることにしたんです。縁ある人や新たに縁の生まれた人に渡す。そして関心を持ってくれた人から交換に何かをもらい容器に納めます。決して大事なものである必要はありません。そしてそれらを集めて壁を作りました。仕切るための壁ではありません。『つなぐ壁』です」。壁は現在も増殖中で次の展示を待っている。

そんな宮森さんに新たな活躍の場が舞い込んだ。ブルックリンのゴワナス地区にある廃棄物処理工場が募集するアーティストレジデンスに応募すると運よく合格。3人のアーティストのうちの1人に選ばれたのだ。そこは廃棄されたコンピュータの墓場とも言える集積場。一方で『E-Waste』という名で注目されるリサイクル・プロジェクトでもある。
ゴミ処理場とアート?「私自身も想像できず、どんな所だろうと見てきました。巨大なウエアハウスには大きな天窓があり、すごく柔らかな光が射し込んでいました」。棄てられたものの行き着く場所で、忘れられていくものに再び光を当てる仕事、宮森さんのアートになんとも相応しい舞台装置ではないか。
「打ち棄てられたものたちに柔らかい光があたっている、もはや不要なものだけど少し希望もみえる。そんなイメージで作りたいと思っています。美術館でもギャラリーでもないので、現場主義で臨機応変にやっていく予定です」と楽しそうだ。
1ヵ月半かけて準備し、展示は8月末から9月中旬まで行われる。(註:具体的な情報はあらためて掲載)
「私なりの見方で世界をみてきました。結果としてみんなで共有できるものを作りたいのです。何かを信じたい、そしてそれを形にしたいという欲求がきっと私の中にあるのでしょうね」
物静かでやさしい眼差しに強靭な意志を感じた。(塩田眞実)

■8月末〜9月中旬(詳細は後日掲載)
■会場:Gowanus E-Waste Warehouse
 469 President St, Brooklyn
www.lesecologycenter.org/programs/ewaste

★アーティストHP
www.keikomiyamori.com/japanese



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