2018年7月27日号 Vol.330


希望を持つことが夢の実現へ
F-1からO-1ビザへ
ダンサー 日和佐佳織


Photo by Yuko Stevens


先駆者たちの声(Voice)を聞き、ヴィジョン(Vision)を描き、活力(Vitality)を発揮して、ヴィクトリー(Victory)を掴もう! アメリカでチャレンジするための必読バイブル「ザ・V・ファイル」!


高校に入学したばかりの春、友達に誘われて1日体験したダンス部。その時、味わった「出来ない悔しさ」と「踊る楽しさ」、この忘れられない体験がダンサー日和佐佳織(ひわさ・かおり)を生み、アメリカ、ニューヨークへと導いた。

15歳の頃、ダンスと言えばカラオケでモーニング娘の真似をする程度だった佳織は、高校でダンス部の1日入部をきっかけに、どんどんのめり込んでいく。佳織が通った京都明徳高校は、今ではダンス甲子園に出るくらいのダンス校だが、当時の学校では認められていなかった。それを払拭するため、地域のイベントへ積極的に参加。活動の舞台を近畿地方から、全国へとスケールアップしていく。周りの支持も得て、佳織はますますダンスにやりがいを見つけていった。
「負けず嫌いで、チームの中でもダンスに対して一番どん欲だった」と語る佳織は部長に抜擢された。先生に「前部長を目指せ」と言われたが、同じようになれない佳織は、「自分」のダンススタイルを探求するようになっていった。
その後、大阪のダンスアクターズ専門学校へ進学。多種多様なダンスが体験でき、佳織はその中でもストリートダンスに着目した。この頃、ウルフルズのバックダンサーや、プロ野球戦でのオープニングパフォーマンス、ジャネット・ジャクソンの振付師、ショーネット・ハードが手掛けるショーに出演するなど、プロのパフォーマーとしても活躍し、実力をつけていく。
卒業後は、仲間と結成したダンスグループでクラブイベントなどに出演。インストラクターとしても活動し、順調な日々を過ごす。その一方で、昔、ダンス映画で見たアメリカへの憧れが次第に大きくなっていった。

初めての米国訪問は、ロサンゼルス。一週間滞在して本場のダンスを体験し、アイデアを膨らませていく。帰国後、その刺激をエネルギーにダンサー活動を続けたが佳織は不完全燃焼、何かが欠けているようだった。自分を見つめ直そうと、一ヵ月の休みを取りニューヨークへ。そして、これまで気にかけなかったジャズ・ダンスのレッスンを受けた。
その時のインストラクターが「私のきっかけの人」というシーラ・バーカー。いつも、はちきれんばかりのエネルギーでクラスに現れ、「私ができるのにアナタにできないわけはないのよ」と、生徒たちを激励する。「私もこういう人になりたい」と思ったその時、ニューヨークを自らのホームグラウンドにしようと決意した。
帰国してからは、朝から夜まで働き、夜中はダンスの練習という過酷なスケジュールで渡米資金を貯めた。

2年後。学生ビザで入国し、語学学校に通いながら、ブロードウェイダンスセンターでダンスのレッスンを始める。
「ニューヨークに来て本当に良かったと思います。充実した生活を実感できる環境にいます。日本と違って、色々な人種、考え方、文化に触れることができ、全てが新鮮です。今までの観念が良い意味で覆されます」
その頃、TOKY Oという振付師のダンス動画を見て、コンテンポラリーの世界を知る。彼に起用されたダンサーで佳織の目を釘付けにしたのがチャズブザンだった。1年後、TOKYOのワークショップに参加し、サプライズゲストとして登場したチャズブザンと対面した。
同時期、佳織は重要な人物と出会う。現在、所属する「エルスコ・ダンス・カンパニー」(以下EDC)のボスで、ビザ・スポンサーのエレノア・スコットだ。チャズブザンとエレノアとの出会いは、佳織のダンサー人生にとってのターニングポイントだった。
佳織は、EDCへの参加を熱望。しかし、「私たちはバレエを基礎としているコンテンポラリーカンパニーで、ストリートダンサーのあなたとは方向性が違う」とあえなく却下。だが「一年間、週に最低3回はバレエクラスでレッスンを受け、来年のオーディションで新しいあなたを見せて」とエレノア。これをチャンスと感じた佳織は、語学学校からバレエ学校へと転校。バレエを学び、翌年のオーディションで見事に合格。その翌年もオーディションに通り、現在も同カンパニーで活動する。
だが、ニューヨークに滞在し続けるにはビザが必要だ。日本にいた頃からO1ビザの知識はあり、とにかくダンス活動に力を注ぎ、必要なクレジットをひたすら貯めた。カンパニーがスポンサーになってくれたことはラッキーだが、それでも申請の書類集めは大変だったそうだ。
「ダンサーとしてビザを取る秘訣は、先生のアドバイスに耳を傾け、あたり前のことですが、ダンスを続けること」とアドバイス。「人の役に立ちたい、人の目に触れたい、オーディエンスの幅を広げたい、歩くことが好き、自然が好き、生活に起きること全てをダンスで表現したい」。人との繋がりを大切にし、ぶれることなくダンスを続けた佳織は、1年でO1ビザを取得した。
「『希望を持つこと』が夢の実現の第一歩だと考えています。人と繋がるとそれだけ視野が広がり、情報量も多くなります。その繋がりを大切にできるダンサーでいたい」
8月5日(日)、ワシントンスクエアパーク南のジャドソン・メモリアル教会で行われる「インターフェイス平和の集い:広島・長崎原爆式典」(関連記事14面)にソロ出演する佳織。どんなパフォーマンスを見せてくれるのか、今後の活躍に注目したい。(梨乃)

※掲載原稿はあくまでも本人の話に基づいて書かれており、合法性や詳細などについては、移民弁護士のアドバイスを仰ぐことをお勧めします。(編集部)




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