2022年8月5日号 Vol.427

父さんを恨んでいるのは誰?
「鼻血」から見えてくる家族の絆
劇作家/演出家 アヤ・オガワ

自身の父親を演じるオガワ(All photos : The Nosebleed - Aya Ogawa. Credit to Julieta Cervantes)

リンカーンセンター内「クレア・トウ・シアター」で8月28日(日)まで、劇作家/演出家/パフォーマーのアヤ・オガワが手がけた現代劇「The Nosebleed―鼻血」が上演中。15年前に死去した父親と、オガワ自身の関係性を掘り下げた自叙伝的な作品だ。



「小学生の頃から演劇に興味を持ち、舞台に立つことに憧れていました。高校で演劇の先生に励まされたこともあり、役者を、舞台の仕事をやりたい、と強く意識したことを覚えています」

東京生まれのオガワは、2歳で両親とともにアメリカへ。6歳で再び東京に戻り、アメリカン・スクールに通った。「9歳年上の兄がいますが、引っ越しが多かったため、兄は東京の祖母宅や学校の寮に住んでいました」。日本とアメリカ、兄妹は異なる環境で別々に育った。

11歳で再び来米、高校卒業までカリフォルニアで過ごした後、ニューヨークの大学へ入学、台本を書き始めた。卒業後、俳優として映画やテレビ、演劇界へ飛び込んだが、そこで思いがけない現実に直面する。

「アメリカで描かれる『アジア人』が、あまりにも情けないものばかりだったのです。呆れてしまいました」。これはオリジナル作品を作るしかない、と決意。劇作家の道を歩み始めた。

「アヤ・オガワ」を演じる4人(L to R)Saori Tsukada、Ashil Lee、 Drae Campbell and Kaili Y. Turner. Credit to Julieta Cervantes

今回、「鼻血」のキャストはオガワを含めて6人。オガワは自身の父と自身の息子の2役。その他、男性が1人、残り4人が「アヤ・オガワ」を演じている。

物語は4人の「アヤ」に問いかける=今、父さんを憎んでいるのは誰?=。

「『鼻血』に登場するアヤ、つまり私は、過去・記憶・未来の希望という中に存在する『複数のアヤ』を示唆しています。現在の自分が過去の自分に抱く気持ち、アメリカ人の自分が日本人の自分に対する考え方など、その感情は環境、状況、時間によっても異なるもの。そんな複雑で、絶えず変化する『心』を、舞台で表現したいと考えました」

「アヤ」の多様な側面を形にしたいと思ったキッカケは、「失敗」だった。

「『失敗』をテーマに、いろんなコラボレーターたちの『失敗物語』を盛り込んだ作品を作っていた際、私も責任者・主宰者として、自らのもろさを見せないと公平では無い、と気が付いたのです」

これまでの人生で最大の失敗は何か、と振り返った時、父親が脳裏に浮かんだ。父が他界した時、オガワは葬式も何もしなかったという。

「父はいわゆる『無口な昭和のオヤジ』で、私にとっては理解しがたく、とても『異色』な存在でした」

感情を表に出さない寡黙な父は、アメリカで成長したオガワの目に、「人間的に欠けている」と映っていた。そんな彼女が変化したのは、自らが母親になってからだった。

The company of THE NOSEBLEED, written and directed by Aya Ogawa. Credit to Julieta Cervantes

「私には現在、パートナーとの間にできた12歳と9歳の息子がいます。子どもを産み、育てているうちに『家族とは何か』ということが分かってきた。父から私、子どもたちへの繋がりを考えた時、不仲だった父との関係を取り戻したい、父を理解したいと痛感しました。ですが、亡くなった父が自らの行動を説明することはできませんし、私の記憶も完全ではない。それでも、思い出のパズルを集め、組み合わせることで、自分の気持ちが整理できるのではないかと」

自伝を、父親のことを書く、と決めた時点で、「自分が父を演じる」ことはオガワの既定路線だった。

「誰かを演じるという行為は、演じる側と演じられる側で最も親密な関係を持つこと。時には暴力的でもあり、時には最大の敬意を表す行為にも繋がる。私の視点から見た『父』ではなく、私が知らなかった父を、『父の視点』から見つめ直し、『父を体現』することで、彼自身の人間性を体験することができたと感じています」

オガワはさらに、自分の息子を演じることで、「自身」を通して「父」と「息子」が繋がっていることをダイレクトに表現している。

「私はアメリカと日本を行き来していた子ども時代、違和感を感じていました。どちらの環境もしっくりこない、自分だけが違う、自分には『家』(home)が無いという感覚。そんな中で出会った『演劇』は、私の『家』であり、『家族』になった。想像力だけで他者と深い関係を生み出せる素晴らしい手段です」

自身の息子を演じるオガワ(Photo by Julieta Cervantes)

息子たちにも日本語や日本文化に触れさせたいと、毎年夏、訪日していたオガワ。ある年、眠っていた長男が寝返りをうった時に次男をパンチ。次男が大量の鼻血を流したという出来事があった。

「この様子は舞台でも描いていますが、時差ボケで疲れているところ、夜中に子どもが血まみれ。日本に『帰った』とはいいますが、そこには家族や友人、コミュニティーとの繋がりはありません。それなのに、なぜ大変な思いをして子どもたちを日本へ連れてきたのだろうと考えてしまいました」

アメリカ生まれで「アジア系アメリカ人」という子どもたちの環境は、アメリカで移民として育ったオガワのものとはまた異なる。文化、アイデンティティー、血縁とは何かを改めて自身に問いかけた時、ひとつの事実を見つけた。

「すべての人間は誰かの子どもであるということ。どんなに異なる環境で過ごそうとも、これは不変です。苦手だった父も誰かの子どもだった。そんな当たり前のコトに思い至った時、コミュニティへの愛情や責任感が生まれてきました。同時に、私もまた大きな人類の流れに繋がっているという確信。それが広い意味での『家族』だと思っています」

ひとりの娘が、嫌悪していた父親を理解しようと書いた「鼻血」。不可解で不条理、コミカルでユーモアと愛情に溢れた家族の物語だ。

The Nosebleed -鼻血
■8月28日(日)まで
■会場:Claire Tow Theater at Lincoln Center
 150 W. 65th St.
 (bet. Broadway & Amsterdam Ave.)
■$30 
■上演時間70分(休憩無し)
https://www.lct.org/shows/nosebleed


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