2022年8月19日号 Vol.428

故・加藤弘光氏の傑作披露
「蘇らせる」それが私の使命
アトリエ・ヒロ代表 加藤 友子

アトリエ・ヒロ代表の加藤友子氏、作品「時の流れに」の前で

革新的な作品を紹介する「チェルシー・ファイン・アート・コンペティション」(8月23日から30日まで)に、日本画家の故・加藤弘光(享年62)の作品「光さやけみ(英題 TheAutumnLight)」が出展される。今回、未亡人で加藤の作品を管理するアトリエ・ヒロの代表、加藤友子氏が来米する。

「『浮世絵』は世界的に知られていますが、『日本画』についての認識は、あまり深くありません。出展が決まった瞬間、まず『日本画とはどのようなものか』という点を海外で伝えなければと考えました」

同展コンペの審査は画像のみで行われたこともあり、「日本画として選出されたのか? どこが評価されたのか? 展示会場でオリジナルを見た審査員に聞きたい」と続ける。



生前、活躍の場を海外に広げたいと考えていた加藤。現状を見ようと、夫妻はアートのメッカ、ニューヨークを訪れたことがあった。

「アートに限らず、ニューヨークはゼロからでもマイナスからでも、すべてを創造できる場所。ここで認められれば世界に出ていけるという印象を受けました。加藤は団体展所属の作家でしたが、当時は息苦しさを感じていたこともあり、自分の描きたいものを求めて模索していました」

内に秘めた大きなパワーがあり、すべての人々を惹きつける街。加藤は、「ニューヨークから新たなスタートが出来れば」と考えていたという。

「まほろば」の制作に没頭する故・加藤氏(2015年撮影)

子どもの頃、加藤は母から保育園へ行くように促されると、「絵が描けなくなるから嫌だ」と拒絶。罰として土蔵に入れられたが恐怖心を覚えることなく紙と鉛筆を持ち込み、日が暮れるまで出てこなかったそうだ。

「とにかく絵を描くために生まれてきた人で、『絵を描く時間だけが自分の世界に居られる』と話していました。繊細で家庭環境にストレスを感じることもあり、自分の世界に浸れる時間が欲しかった、絵が唯一の救いだったと思います」

加藤が好んだのは江戸中期の画家・伊藤若冲。「若冲が好きだ」と話すと「お前は変わりもんだ」と言われたそうだ。「とにかく彼は、若い頃から『異端』だったんですよ」と、友子代表は微笑む。

加藤が晩年、好んで描いていた「桜」。以前は「桜は日本画で描き尽くされてるから俺は描かない」と断言していた彼を変えたのは、2011年の東北大震災だった。

「宮城県出身の加藤は震災にとても心を痛めておりました。同年11月に個展を行ったのですが、準備中に『俺、桜を描いちゃったよ』と言うのです。見せてくれたのが『昇華』でした」

桜に限らず樹木は、地面から幹が生え、枝が伸び、葉を茂らせ、花をつける、というのが一般的なイメージ。しかし加藤の「桜」は違っていた。さらに多様な色を巧みに使い分けていた作風も変化していた。

「彼の桜は花びらだけ。今までに誰も描いたことがないような桜に、『いいんじゃない』と答えたことを覚えています。その後も何かに取り憑かれたように桜を描き、それも白黒を基調とした世界。絵を観た時、これは『鎮魂』なのだろうと気が付きました。加藤も、『描かされた』と話していましたね」

人々の魂を慰めること、それが加藤が桜を描く際の一貫した想いだった。

光さやけみ (The Autumn Light)

今回の展示作「光さやけみ」にはもうひとつ、加藤の想いが見える。燃えるような「赤」は何を語るのか。鑑賞者を惹きつける「赤」は、加藤の内に秘めた情熱の表れであり、「描きたい」という叫びだ。

「加藤は、赤や金箔の使い方で画面が3Dのように迫ってくる独自の技法を編み出しています。斬新で独自性、日本画を現代絵画に昇華させたと考えています」

ある個展で加藤は来場者に、「どう思われましたか?」「何を感じましたか?」と尋ねているのを目撃した友子代表。最初はその行為に違和感を感じたという。

「私は加藤が『訴えたい・表現したいものを描いた』と思っていました。ですが、『絵は作家の手を離れると、各々が自らを語り始める』という彼の言葉を聞いて納得。絵は鑑賞者のもので、そこから何を感じるかは各自に委ねられる。作品が、観た人々に語りかけるのです」

2019年2月、スペインでの個展を成功させた加藤。次は、ニューヨークの「ガゴシアン・ギャラリー」での個展を目指していた。

「個展を行うなら『1枚足りない』と言い出して取り組んだのが2019年の『月光』、加藤の遺作になった桜の絵です。完成させた時、『もう個展の準備は揃ったよ』と私に伝えてきました」
海外の展示会では、秀作であるだけでなく、サイズや作品点数も要求される。「彼が目標としていたガゴシアンでの個展を実現することが私の使命。ある方に『彼を蘇らせているのね』と言われました。嬉しい言葉であると同時に、責任を感じた瞬間です」

加藤は生前、「私の作品は評価を受けるまで何百年かかるかわからない」と話していたという。

「彼は私に、『バトンは渡した、あとは頼む』ということだったのでしょう。日本人の感性で見た日本の美しさ、何千年に渡り育まれてきた心、歴史、その美しさを創った神への感謝、それらすべてが絵に込められています。少しでも多くの人に日本画を知ってもらえる機会にしたい」

友子代表は、「世界の巨匠になる」という加藤のバトンを受け取り、ゴールを目指す。(敬称略)

■8月23日(火)~30日(火)
 火~土11:00am〜6:00pm 日月休廊
■オープニングレセプション:
 25日(木)6:00pm~8:00pm
■会場:Agora Gallery:530 W. 25th St.
■Tel:212-226-4151
■入場無料
https://www.agora-gallery.com


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