2020年9月18日号 Vol.382

かつてのリトルイタリー追想
手仕事の温もり伝わる作品群
ロバート・コバヤシ回顧展


Installation view of Flowers at Moe’s Meat Market, 2009 All images: Courtesy of Susan Inglett Gallery, NYC

重厚な額縁に囲まれた油彩画のように見えながら、卓上の静物も、横たわる裸婦のモチーフも、すべてはブリキの薄板を打ち付けたもの。小さな釘の頭が、それ自体、面白い点々の模様を描き出し、さまざまに着色され、短冊状にカットされた金属片は、微妙な陰影を生み出している。
彫刻作品も同様だ。細い紐状のブリキで埋め尽くされた頭像=表紙写真=は、ざっくりとした表現ながら、当の人物の佇まいを力強く捉えている。勢いがある。と同時に、どこかフォークアートを思わせる素朴さからは、手仕事の温もりが伝わってくる。

作者のロバート・コバヤシ(1925〜2015)は、70年代後半から、これらユニークなレリーフ絵画や立体作品を作り始め、リトルイタリーのアパートビルに構えたスタジオの一部は、後にギャラリーとして開放された。エリザベス・ストリート237番地にあったそのギャラリーは、かつてビルの一階を占めていた肉屋の看板をそのまま掲げて「モーの肉屋」と呼ばれ、近隣の作家仲間や住民ばかりか、メディアの話題ともなった。

とはいえ、ギャラリーといえど、いつ開くのか定かではない。展覧会も定期的ではない。自由きままな運営ぶりは、知る人ぞ知るの存在に輪をかけ、画廊というより作家同士のコミュニティとしての側面を強くしていったようだ。

「ウチの作家のベヴァリー・セムズがあのビルに住んでいたので、気になっていたんです。でも、ドアはいつも閉まっていて、窓から中を覗くだけでした」。こう語るのは、本展を開催する画廊のディレクター、スーザン・イングレットだ。あるとき、スーザンの画廊のオープニングに現れたコバヤシの妻からスタジオ訪問を勧められ、初めて作家の存在を知ることになったという。


White on White, 2012

筆者もまた、生前のコバヤシの活躍に気づくことはなかった。本展には、肉屋を改装中の1977年頃の写真や、作家仲間とのスナップ、レリーフ絵画がサロン展風に並ぶ展示風景など、ギャラリー「モーの肉屋」の記録がズラリと並び、その変遷ぶりを知ることできる。また、晩年の写真からは、洒落たランプや壁一面の真っ白なメタルシートなどアール・デコ風の内装がうかがえるが、この雰囲気を模した小部屋が再現されているのも嬉しい。

コバヤシは、ハワイ生まれの日系三世で、ホノルルやブルックリン美術館付属の美術学校でアートを学び、当初は、抽象表現主義のスタイルによる作品を発表。在学中から「ニューヨークタイムズ」紙で評され、50年代後半には、作家運営のスペースとして東10丁目に軒を並べた画廊のひとつ「ブラタ」の創設に加わっている。ブラタは、実に草間彌生のニューヨーク初個展(59年)の開催画廊であり、二人の新進アーティストの出会いを想像するのも興味深い。

コバヤシは当時、MoMAの倉庫番として働いてもいた。もともと、54年にMoMAの彫刻庭園に設置・寄贈された吉村順三設計による「松風荘」の管理人として雇われたもので、2年間の展示終了後も庭園や倉庫の仕事を任され、78年まで勤め上げた。その間、過去のアートを学び、多数の作家と出会い、画風はやがて抽象から、スーラやシニャックの点描画を思わせる室内や風景のイメージへと変化していく。


Glass Cup, 1998

独自のスタイルともいうべきブリキのレリーフ絵画や彫刻を手がけるのは、50歳を過ぎてから、いわばMoMAの仕事から解放され、フルタイムで制作できるようになってからのことだ。小さな釘の頭が描く点々の模様は、点描派の名残だろうか。釘を打たず、穴だけ開けた部分との対比も面白い。最晩年の「白に白」の大作は、この点と線の大集合だ。

また、静物画や裸婦の背景にある花びら模様が型押しされたメタルの部分は、ダウンタウンの古いバーやレストランの天井に今も見ることができる錫箔の切れ端を応用したもの。実際、コバヤシ独自のブリコラージュは、移民の街リトルイタリーがファッショナブルな街「ノリータ」に生まれ変わり、多くの建物が解体されることになった時代の生き証人のようにも思える。そんなノスタルジーを合わせ持つ、一人の作家の回顧展である。(藤森愛実)

Robert Kobayashi: Moe’s Meat Market
■9月17日(木)〜11月7日(土)
■会場:Susan Inglett Gallery
 522 W. 24 St.
■入場無料
www.inglettgallery.com



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