2019年10月18日号 Vol.360

[今秋のギャラリー2選]
平賀敬、パリ時代の作品群
囚人たちのドローイング


Key Hiraga, Untitled, 1967. Courtesy Ortuzar Projects


Key Hiraga, The Elegant Life of Mr. K, 1971 Courtesy Ortuzar Projects


Valentino Dixon, Untitled, n.d. Photo by Manami Fujimori


昨年2月にオープン以来、フレッシュな展示で注目を集めている画廊「オルツザー・プロジェクツ」。すでに評価されている作家のなかで、近年、展覧会の機会が少ない、もしくはアメリカでまだ紹介されていない作家に絞っての展示は、それ自体興味深く、予想外の発見がいっぱいだ。この秋登場の日本の画家、平賀敬(1936〜2000)にしても、私には初めて聞く名前、初めて見る作品だった。
経歴がまず面白い。東京生まれだが、少年期を盛岡で過ごし、立教大学で経済を学んでいる。アートは独学。が、50年代後半から多くの公募展で活躍し、64年の国際青年美術家展で大賞を得たのを機に渡仏。77年に帰国するまでパリで制作を続けた。本展は、このパリ時代の作品を中心とした絵画とドローイング展であり、初期のデッサンには、クレーを思わせる詩的な線描や淡い色合いが見て取れる。
肝心の絵画はといえば、正直、目にうるさいほど猥雑なパターンとどぎつい色が目立ち、一見、何の絵柄か分からない。が、どんぐり眼や波打つ髪の毛、ブチ切れた手足の周囲にピンクの乳房やビニール管のごとき男性器、虫けらの精子が蠢き、執拗にして奇妙な光景が広がっている。「ミスターKの優雅な生活」とある作品は、自画像なのか。見れば見るほど惹かれてしまうが、当時のパリジャンにはどう映っていたのか。
平賀は、一足先にパリに渡っていた「反芸術」的オブジェの作家、工藤哲巳と親交を持ち、66年MoMA開催の「日本美術の新動向」展にはともに選抜されている。作品の1点は、MoMA買い上げともなったが、帰国後のキャリアについては未知の部分が多いようだ。ポップでサイケデリックなスタイルは、横尾忠則のポスターや宇野亜喜良のイラストを思わせもするが、展示に見るカンヴァス表面は驚くほど緻密で重厚だ。

未知の作品という点では、もうひとつユニークな展覧会を紹介したい。ソーホーの「ドローイング・センター」で開幕したばかりの、文字通りドローイング展だが、フランスの巨匠クールベのチョーク画からアラブの春を駆け抜けた若者のペン画まで、いずれも何らかの理由で投獄、収監、収容、隔離されたアーティスト、あるいはアートに目覚めた者たちの作品である。
会場のメインルームではアカデミックな素描が目立ち、一瞬、これらが囚われの身であった人々の作品なのかと目を疑うほど美しい。限られた画材であっても、まさにペン一本で陰影をつけ、濃淡を描き分け、確かなデッサン力で迫ってくる。人の顔、窓から眺めた風景、孤立した人物の描写が多い。
アウトサイダー・アートの雄、マルティン・ラミーレスの汽車の絵もある。メキシコ革命の動乱で祖国に帰れず、英語が不自由なばかりに精神薄弱者として一生を施設で過ごした彼の望郷の思いが込められた作品だ。ガラスケースの中の小さなカードは、旧ソ連の強制労働収容所「グラグ」の囚人たちによる手製の絵葉書やクリスマスカードだという。クリスマス! 新年? 人はどれほど過酷な状況にあっても、祝いや喜びの気持ちを表現できるのか。いや、描き、記すという行為それ自体にひとときの自由を得るのだろうか。
小ぶりの作品が多い中でひときわ目立つ大作は、奥の部屋にかかるゴルフコースの絵だ。目に染みるほど緑豊かな情景。作者のヴァレンティノ・ディクソンは、殺人の罪で服役した元受刑者だ。高校で美術を学んでいた彼は、あるとき、看守の一人に頼まれ、写真をもとに有名なオーガスタ・ナショナル・ゴルフコース12番ホールの絵を仕上げる。広々としたその光景に自由への思いを重ねたのか、内外のゴルフ場を描き続けたディクソンは、雑誌「ゴルフダイジェスト」に自作を投稿。その絵が、無実を叫ぶ囚人の絵であると知った読者の一人(弁護士)は、有志の学生たちと協力して、昨年9月、ついに無罪を立証する。
冤罪から27年。釈放後のディクソンは、すでに地元バッファローの美術館で個展を開くほどだ。ドローイングが、アート表現が、まさに自由を勝ち取ったのである。(藤森愛実)

Key Hiraga: Works 1958-1993
■11月9日(土)まで
■会場:Ortuzar Projects
 9 White St.
■入場無料
www.ortuzarprojects.com


The Pencil Is a Key: Drawings by Incarcerated Artists
■2020年1月5日(日)まで
■会場:The Drawing Center
 35 Wooster St.
■本展開催中のみ入場無料
www.drawingcenter.org



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