2018年11月2日号 Vol.337

愛を求める思いは共通
笑いと涙の感動作
「トーチ・ソング」

トーチ・ソング
アーノルドは新しい恋人アランとエド夫妻の別荘を訪れ…
(l to r) Roxanna Hope Radja, Ward Horton, Michael Urie, Michael Hsu Rosen. Photo © Matthew Murphy

トーチ・ソング
「いつか素敵な女の子に出会うかも」と母親は譲らない
Michael Urie and Mercedes Ruehl. Photo © Matthew Murphy

トーチ・ソング
養子のデイヴィッドに愛を注ぐアーノルド
Michael Urie and Jack DiFalco. Photo © Matthew Murphy

トーチ・ソング
全出演者と作者のハーヴェイ・ファイアスティン(中央)。ウサギのスリッパに注目
(l to r) Roxanna Hope Radja, Ward Horton, Michael Urie, Harvey Fierstein, Mercedes Ruehl, Jack DiFalco, and Michael Hsu Rosen.Photo by Andrew Eccles


ゲイを主人公とした作品の草分け的な「トーチ・ソング・トリロジー」が、「トーチ・ソング」として30数年ぶりにブロードウェイに帰って来た。同性愛が実質違法とされていた時代に、誇り高く生きるゲイの男性をユーモアとペーソスを交えて鮮やかに描き大反響を得た名作は、現代の観客の心にも響き続けている。

1971年、ニューヨーク。報われない恋の歌(トーチ・ソング)を歌うユダヤ人のドラァグクィーン、アーノルドが求めているのは真実の愛と家族。が、恋人のエドはガールフレンドとの結婚を選び、彼の心を打ち砕く。数年後、やっと手にした幸せは、理不尽なヘイトクライムで奪われてしまう。悲しみを乗り越え、アーノルドはゲイの男子高校生を養子に迎えて前を向いて生きて行こうと決める。そこに結婚生活が破綻したエドが転がり込み、男3人は穏やかな日々を送るようになるが、ある日、アーノルドの厳格な母親がやって来て…。

1978年にオフオフのラ・ママ実験劇場で初演し、82年にブロードウェイに進出した「トーチ・ソング・トリロジー」は、ハーヴェイ・ファイアスティンの劇作家かつ個性派俳優としての出世作。半自叙伝的な自作の舞台で、初演から続けてアーノルド役を演じ、トニー賞演劇作品賞と主演男優賞を受賞。1988年公開の映画版でも主演を務めた。昨年、久々にオフで上演された際に自ら台本を短縮、タイトルを変更した。
物語の背景は、同性愛者に対する警察の弾圧から暴動へと発展した1969年の「ストーンウォールの反乱」後、AIDS危機に見舞われる直前の時代。同性婚がアメリカ全州で合法となり、公共の場のトイレがジェンダーフリーを掲げるようになった現代とは、隔世の感があるのも事実だろう。しかし、真実の愛を希求する気持ちは誰しも同じというメッセージと、差別や不寛容のもたらす残酷さは時代を超えて胸を貫く。
とりわけ、同性愛は「選択」だと信じて疑わない母親とアーノルドがぶつかり合うシーンは痛いほどリアルだ。親子としてお互い愛情を抱いているにも関わらず、理解し合うことができないもどかしさと切なさ。同性愛は「選択」や「嗜好」ではなく、「指向」であるとの認識がある程度広まった今日でも、同性愛を巡る親子のこんな衝突は、決して過去の遺物ではないはずだ。

ところで、ハーヴェイ・ファイアスティンという名前からはぴんと来ない人も、彼の特徴的なしゃがれ声を聞いたらきっと思い当たるはず。筆者が映画を見たのは20年以上前だが、彼の声に度肝を抜かれたことは今もって忘れられない。
声に限らず、ファイアスティンのイメージが強いアーノルド役には、演技力に定評のあるマイケル・ユーリー(「アグリー・ベティ」)が抜擢された。ファイアスティン側と演出家のモイゼス・カウフマンの両者から打診を受けたというだけあって、アーノルド役を完全に自分のものにしていることに脱帽。ちなみに彼はゲイであることを公表している。
演出のカウフマンは、コミカルな場面でもその裏の苦悩や不安をにじませ、ニュアンスを付け加えた。舞台美術(デイヴィッド・ジン)と衣装(クリント・ラモス)は、70〜80年代のキッチュな雰囲気を醸し出し、映画にも出て来たアーノルドのうさぎのスリッパも登場。
日本では同性愛者の「生産性」論議が中途半端なまま棚上げされ、2015年に5対4の僅差で、同性婚は憲法上の権利との判決を下したアメリカ最高裁も、今年10月6日、保守派の判事の数がリベラルを上回る事態となった。一度勝ち得た権利も覆されないとは限らない。そんな今の社会状況もまた、このリバイバルの意義を一層深めている。(高橋友紀子)

Harvey Fierstein's Torch Song
■会場:Helen Hayes Theatre
 240 West 44th Street
■$42〜
■上演時間:2時間45分
torchsongbroadway.com


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