2020年11月13日号 Vol.386

写真で伝える「世界の今」
社会正義への問いかけ
野外展示「フォトヴィル」


Various Artists for “Frontlines in Focus”. Presented by Magnum Foundation and The Nation @ Empire Fulton Ferry Park

秋恒例の大規模な写真フェス「フォトヴィル」が、今季は画期的な展開に打って出た。コロナ禍でさまざまな制約のある屋内展示を取り止め、巨大ボードによる野外展示に踏み切ったのだ。写真といえば、プリント自体の精度を見るのも楽しみだが、「世界のいま」「人々の物語」を基本テーマに掲げ、内外の写真家の仕事を紹介するというフォトヴィルの目的からすれば、写真とはイメージの強度、メッセージ性に尽きると言えよう。

実際、雨風をしのぐ頑丈なビニール表面に転写された写真作品は、どれも驚くほどのインパクトだ。黒人女性の横顔、フラミンゴと人々の交流、喪に服す兄弟の表情など、ブルックリン橋を降りたところで出会った3点のボードに並ぶイメージの強烈なこと!「雑誌の見開きや表紙にそのまま使えそうだ」と解説パネルに目を移したところで、ようやく気がついた。「美の再定義」「フラミンゴ・ボブ」「嘆きの肖像」とそれぞれタイトルされた3つの写真連作は、すでに「ナショナルジオグラフィック」誌で発表された、いわばプロのフォトジャーナリストたちの仕事だったのだ。


今年で9回目を迎えるフォトヴィルだが、実は、私はこれまで見たことがなかった。アマチュア写真家の公募展かなと想像していたのと、アート写真と報道写真とを区別するという気持ちもあった。いわゆるフォトジャーナリズムの写真であれば、新聞雑誌で見るのが本筋であり、アート展仕立ての会場で見る必要はないのではと思っていたのである。

だが、こうした気持ちは、フォトヴィルの拠点会場であるブルックリン・ブリッジ・パークを廻っていくうちに吹き飛んでしまった。ある意味で、立て看板的ボード展示が成功しているとも言えるし、写真がパブリックアートに転じたとも言える。いずれにしろ、ドキュメントであれ、ポートレイトであれ、風景であれ、主体は報道写真であり、未曾有の出来事に見舞われた今年のお題として、コロナ禍やBLM運動に代表される社会正義への問いかけが前面に出ているのは言うまでもない。

写真家団体「マグナム」主催による「フロントライン・フォーカス」と題されたボードがそれであり、「国連開発計画(UNDP)」主催による長大なパネルには、照明が落ちたニューヨークの劇場街、都会での仕事を失い再び農作業に従事するバリ島の女性たち、ナイロビの「汚水スラム街」で生きる住民たちなど、世界各地の「いま」を捉えた写真が順繰り登場する。また、広大なバナナ農園の航空写真と父祖伝来の土地を追われたアマゾン住民の肖像写真とを組み合わせた「抵抗の種」など、環境保護をテーマとする写真シリーズもある。


Pablo Albarenga, “Seeds of Resistance,” 2020. Presented by Pulitzer Center on Crisis Reporting @ Brooklyn Bridge Park, Pier 3

さらに、私自身が注目していたのは、ブルックリン拠点の写真家ハルカ・サカグチによる「人種とコロナ感染をめぐるアジア系アメリカ人たち」と題された写真シリーズだ。新型ウイルスの蔓延でロックダウンに突入した頃から、ニューヨークではアジア系の人々に対する差別や攻撃が目立ち始めたという。「タイム」誌との共同制作となったこのフォトストーリーで、サカグチは、自身を含めた10人の若者たちの「フェイスタイム」写真をそれぞれが被害にあった場所の写真に重ねて発表している。地下鉄車内など馴染みの場所を背景に遺影のごとく区切られたポートレイトによって、こうした事件がどこでも誰にでも起こりうることを示唆しているようだ。


Haruka Sakaguchi, “Asian Americans on Race and The Pandemic,” 2020. Presented by TIME @ Brooklyn Bridge Park, Pier 1

気ままに歩いていた私は、このサカグチのボードをすぐに見つけられなかった。非アジア系のニューヨーカーを刺激しないよう、どこか目立たない場所に立っているのかと危惧していたところ、なんとフェリー乗り場のまん前、ピア1の一等地に泰然と立っていた。写真とともに10人それぞれの体験談が紹介されている。表現媒体としての写真の強さはもとより、フォトジャーナリズムの有効性にあらためて気付かされた思いだ。それとともに、写された人々の物語ばかりか、世界各地で活躍する写真家それぞれの物語が、多彩なプロフィールから浮かび上がる。そんな必見の写真フェスとなっている。(藤森愛実)


Photoville
■11月29日(日)まで
■展示場所:NY市内の公園や街路(5地区25ヵ所)
www.photoville.nyc


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