2022年12月16日号 Vol.436

悩める地球人からのS.O.S
失われ行く人類の善意(1)
国際ジャーナリスト:内田忠男

この主見出しは、ディマシュ・クダイベルゲンというカザフスタンの歌手が唄って世界的にヒットした楽曲名である――英語ではS.O.S. from a man in distress――。

1年前の本紙に、私はアメリカ民主主義の危機について書いた。11月の中間選挙は心配したほどの結果にはならなかったが、とても安心はできない。アメリカだけでなく地球全体で民主主義が危ない。スウェーデンの調査機関によれば、21年段階で世界の民主主義国は89なのにauthoritarian=権威主義と言える国は90に上る。戦争や気候変動、貧困、格差など、この地球に住む人類が抱える難題も山ほどある。コリンズ英語辞典は22年の言葉としてpermacrisis=「長期にわたる危機」を選んだ。人の善意も疑われている。曲の歌詞にもあるように、鳥の目になって、いまの地球を俯瞰してみたい。悩める地球人の一人が発するS.O.S.でもある。(文中敬称略)


▶︎アメリカ

話はやはり、この国から始めなければならない。

政治的な立場をめぐる国内の分断が当たり前のようになって、親しい友人だけでなく家族・親族の間でも政治的な議論が成り立ち難くなった。

元凶はドナルド・トランプ――2017年に大統領の座を手に入れると、外では国際協調を拒否し、内では敵味方を鮮明にして味方寄りの政策を矢継ぎ早に断行した。自由貿易にも地球温暖化にも目もくれず、国際合意を破棄する一方、石炭石油など化石燃料の開発拡大に突っ走った。標語をAmerica Firstから Make America Great Againへと変え、さらなる高みに登ろうとする活動を精力的に展開したが、20年選挙で再選を果たせなかった。

ところが、根拠も示さず「選挙が不正だ」と喚いて敗北を認めず、上院議長も務める副大統領マイク・ペンスに、連邦議会が選挙結果を無効とするよう執拗に勧告した。4年の任期を通じて、ほぼ忠実に従う副大統領だったが、流石にこの指示には従わなかった。すると熱狂的な支持者を集めて議会に雪崩れ込むよう扇動する演説をし、直後に約800人が議事堂に乱入して破壊と略奪、5人の死者を出した。暴徒らは絞首台の模型まで持ち込んで「ペンスを吊るせ」と叫びながら副大統領の所在を探し回った。

誰しも暴挙と思うが、トランプ自身は反省の色さえ見せず、自らの非を一切認めていない。不思議なことに、この法治国家はトランプを訴追もしていない。





さらに理解に苦しむのは、このトランプの支持者がいまだに多数存在することだ。

前掲の標語の頭文字から「MAGA共和党」と言われる過激派が全米至る所を闊歩して24年大統領選でのトランプ復活を叫んでいる。Qアノンなどという、問題にすることさえたしなまれる陰謀説を大上段に振りかざすグループもいる

その一方で、選挙に勝って大統領となったジョー・バイデン――アメリカ史上最高齢の大統領で、11月20日には80歳になった。連邦上院議員を36年、副大統領を8年務めた長い政治歴から口数は多いが、これという実績はない。超大国の大統領としての矜持と迫力は全く乏しい。

早くからロシアによるウクライナ侵攻の気配を叫びながら、では何をしたか? と言えば、何もしなかった。何もしないのを良いことにロシアはウクライナに軍事侵攻した。それが起きてから、NATO諸国や同盟国の力を借りて、ロシアへの経済制裁に乗り出し、その結果、エネルギー価格を筆頭に全ての物価が急上昇を始めた。物価と雇用の番人である中央銀行FEDはかつてない0・75ポイントの利上げを繰り返して、経済活動はさらなる痛手を被る。


2016年、アリゾナ州で開催された集会で 「Make America Great Again (MAGA)」のキャップをかぶるトランプ氏 (Autho: Gage Skidmore from Peoria, AZ, USA)

トランプもバイデンもいらない

元々、中間選挙は政権与党に不利と言われる。南北戦争以降39回の選挙のうち、与党は下院で36回負けた。直近の民主党大統領、クリントンとオバマは1期目の中間選挙で60議席前後も減らした。バイデンの場合、支持率が50%を大きく下回り、国際社会での影響力低下に加えて、内ではインフレ……これ以上不利な材料はない。暴虐のトランプは「それ見たことか、あんな爺さんが大統領になるからアメリカはダメになった」と、ここを先途と攻め立てる。状況的にはred waveによる共和党の圧勝と大方が予想した中間選挙は、しかし、そうはならなかった。

民主党は大敗が確実視された下院でさえ接戦に持ち込み、過半数を得た共和党との議席差は、民主党優位の20年選挙と同じ幅で、上院ではペンシルベニア州で共和党の議席を奪い、決戦投票になったジョージア州でも議席を守って優勢を堅持した。

民主党善戦の要因はトランプだという。トランプが立候補させ応援した共和党候補は、上院・下院を問わず多くが惨敗を喫した。

劣勢必至とされた民主党は選挙戦の焦点をトランプ攻撃に絞った。バイデンも投票日直前の11月2日に首都ワシントンのコロンバスクラブで行った演説で、サンフランシスコのナンシー・ペロシ下院議長邸に賊が侵入、不在の議長に代わって夫ポールの頭をハンマーなどで殴りつけ重傷を負わせた事件を取り上げ、「この犯行は、20年大統領選が盗まれたという大きなウソを繰り返し叫んでいる大統領(バイデンは「前」を示すformerをつけず、ただpresidentと言った)に駆り立てられた結果の怒りに起因している。このウソこそが、この2年間、有権者を危険な政治的暴力に走らせる引火材になった……彼は権力を濫用し、憲法への忠誠を彼自身への忠誠に置き換えさせた。そして大きなウソをMAGA共和党における教義にしたのだ」とした上で、「民主主義の危機」を繰り返し訴えた。

トランプが大統領任期中に判事の陣容を保守派多数とした連邦最高裁が、6月に銃規制や妊娠中絶の権利について、連邦法での規制を認めないとする判決を出したことも民主党には「援軍」になった。
CNNアナリストの一人は、「本来meh voters=大統領が凡庸だと感じている有権者=は政権野党に票を入れることが多いのだが、今回はトランプの発言や姿勢に不安を感じて民主党に入れた、あるいは共和党候補に投票する気が失せて棄権した」と分析、さらに「これまでメディアの世論調査に答えず、選挙に棄権することも多かった若年層や無党派層が妊娠中絶の問題などで投票に出かけた」とも。

結果として、「勝者のない選挙」だったと言われる。


2022年3月、ウィスコンシン州のウィスコンシン大学スペーリアー校でスローガン「Building a Better America」と超党派によるインフラ投資・雇用法について発言するバイデン大統領 (Official White House Photo by Katie Ricks)

トランプは、投票日から1週間後の11月15日、24年大統領選挙への出馬を宣言した。フロリダ州にある私邸マール・ア・ラーゴのボールルーム、レ・ミゼラブルの曲に乗って登場し、「この国は衰退の一途をたどっている。何百万人ものアメリカ人にとって、ジョー・バイデン政権下の2年間は苦痛と苦難と不安と絶望の時代だった。アメリカを再び偉大で輝かしい国にするために、私は今夜、大統領への立候補を表明する」。

集まった支持者は歓声を上げたが、彼の周辺では側近の離反が相次いでいる。忠実な補佐官だった長女イヴァンカが「もう政治に関わるつもりはない」と語り、副大統領だったペンス、国務長官だったマイク・ポンペオ、国連大使だったニッキ・ヘイリーは、それぞれ自身の出馬準備に入っている。かつては「股肱の臣」とまで言われたフロリダ州知事ロン・デサンティスは、いま共和党の最有力候補と言われる。

客観情勢がこれほど思わしくないのに、トランプがあえて出馬宣言したのは、身辺に迫りつつある数々の捜査・審判から逃れる口実づくりだという。この男には善意のかけらもない。

民主党では、この選挙結果でバイデンを見直す空気も出てきた。本人はやる気満々に見えるし、「他に候補がいない」という声もある。

20年大統領選で副大統領候補にカマラ・ハリスを指名した時には、「万が一」の場合はもとより、2期目は彼女に任せるとの予測が多かった。ところが政権がスタートすると、彼女の存在感がまるで薄い。重要政策や主要国との外交は全て自分が取り仕切り、副大統領の出番を作らない。故意の仕業だ。

バイデンは、年齢をかなり気にしている。意識的に若ぶった行動をして見せる場面をいくつも見てきた。副大統領に人気が出て、自らの存在感が薄れるのを恐れているのだろう。だが、もし再選されれば、任期最終の28年には86歳になる。「いくら何でも……」という空気が党内にも広がっている。民主党は、バイデンに代わる適材を見つける必要がある。最近の調査で有権者の65%はバイデンの再選出馬を支持していない。

アメリカのためにも世界のためにも、24年選挙にはトランプもバイデンも出ないで欲しい。いまこそ、新しい時代を開く真っ当な求心力を見つける時なのだ。(次ページへ)

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