2020年12月18日号 Vol.388

コロナ禍で動き出したもの(2/2)

作り手の意識が主題
深層意識の覚醒


今年ベストの美術展を挙げるなら、ホイットニー美術館で開催中の「アメリカの生活:メキシコ人壁画家によるアメリカ美術の再生1925〜1945」展だろう。アメリカ美術の栄光の歴史は、戦後の抽象表現主義に始まり、その始まりを促したのは20世紀初頭のパリの前衛芸術、立役者はデ・クーニングらヨーロッパからの移住者――こうした定説を覆すかのように、メキシコ壁画運動の三巨匠オロスコ、リベラ、シケイロスを主役に立てた、まさに大英断の展覧会だ。

彼ら3人は、大恐慌の最中、アメリカに招聘され、いわゆる国家称揚の壁画制作に取り組むはずだったが、実際には、当時のメキシコ移民排斥運動を背景に社会の不正に挑むポリティカルな公共アートを生み出していく。その力強いイメージと多大な影響力は、昨今のBLM運動と結びつくストリートアートの意義とも重なり、極めてタイムリーな展覧会となっている。


Diego Rivera, Flower Festival: Feast of Santa Anita, 1931 © 2020 Banco de México Diego Rivera Frida Kahlo Museums Trust, Mexico, D.F. / Artists Rights Society (ARS), New York


José Clemente Orozco, Barricade, 1931 © 2019 Artists Rights Society (ARS), New York / SOMAAP, Mexico City

見ようとしないもの、そうした深層意識を覚醒する展示ともいえるのが、昨年12月にオープンした写真美術館「フォトグラフィスカ」で開催中のアンドレス・セラーノの新作写真展だ。セラーノといえば、自身の尿に十字架を沈めた「小便キリスト」なる「冒涜」の写真でつとに有名だ。新作では、KKKの頭巾や昔の黒人リンチの場面の絵葉書など、この国の汚辱の歴史の産物を写し出している。

いずれも、e-Bayなどネットオークションで買い集めたもの。黒人男性を象った射撃訓練用の標的や、誇張された黒人の風貌が印刷された缶詰や洗剤の箱、昔のゲーム盤など、一見微笑ましくも、黒人蔑視を助長するイメージだ。やがて消えゆく一時代前の品々とはいえ、しっかり見据えよということだろうか。逆に、イメージの有無はどうあれ、人種に対する偏見は無くならないということだろうか。


Installation view of Andres Serrano: Infamous. Courtesy Fotografiska New York. Photo by Charles Benton


Andres Serrano, Carnival Games – Chuck, 2019. Vintage Early 20th Century Board Game © Andres Serrano. Courtesy Galerie Nathalie Obadia, Paris & Brussels

アート作品は普通、何を表現するかよりどう表現するかの方が重要だと言われる。いや、私自身がそう思ってきた。写真であれば、月並みなものでも、どう写されたかによって芸術足りうるのだと。然るに、コロナ禍とさまざまな格差や分断に苦しむ今の時代に必要なことは、やはり何を主題とするか、作り手は何を意識するかということなのだろうMoMAの受刑者アート展も、企画したのは在野の研究者だ。

2021年を前に、これまでの定義や形式に捉われない新しいアートやアート展に期待したい。


1 < 2
<2/2ページ>



HOME