2020年12月18日号 Vol.388

終末迎える異形の大統領
2020年大統領選挙の顛末(1/3)
国際ジャーナリスト 内田 忠男

古来、悪しき敗者にsore loserという言葉があるが、これはthe worst……というべきであろう。申すまでもなく、この4年間、世界最強の国家の大統領の座にあったドナルド・トランプという人物のことである。

選挙におけるあまりにも明白な敗北を認めようとせず、証拠も示さずに「民主党の不正に選挙を盗まれた」と喧伝し、「正当な勝者はオレだ」と、大統領権限を盾に選挙結果を無理矢理変えようと試みた。その仕業は破れかぶれにも見えたし、尊大な自己愛に導かれた「負けは嫌いだ。敗北宣言などしていられるか。最大限、嫌がらせをしてやろう」という不純な悪意にも満ちていた。そしてこの仕業は、建国以来の良き伝統と歴史が培かってきたアメリカの民主主義に大きな汚点を残しただけでなく、その修復には長い時間を要することになるだろう。私は、この国の政治にほとんど絶望している。


トランプ米政権が進めるCOVID-19ワクチンの早期実用化を目的とした「オペレーション・ワープ・スピード(Operation Warp Speed)」について現状報告を行うため、壇上へ向かう大統領。ホワイトハウスのローズガーデンで、2020年11月13日撮影 (Courtesy of the Official White House. Photo by Tia Dufour)

トランプが暴いた民主主義の弱点

私は1976年以来、取材対象として、また個人的関心の対象として、アメリカの大統領選挙を熱心に注視してきたが、選挙の都度、敗者がいち早く敗北を認めて勝者に祝福の電話をし、それを受けて勝者が勝利演説を行う……そして翌年1月20日に就任式を挙げれば、多くのアメリカ国民が、その人物をour presidentと仰ぎ見ることになる……という大統領選出と統治の慣習に清々しさと敬意を感じてきた。それが全て裏切られ、醜悪さだけ目立ったのが2020年の大統領選挙だった。

辛うじて救われたのは、憲法条文のスキをついて、選挙結果に関係なく、共和党優位の州議会に「大統領選挙人」を決めさせようとしたなりふり構わぬ姿勢にミシガン州議会の共和党幹部がNOの意思表示をして従わなかったことだ。

大統領について定めた連邦憲法第2条の第1節第2項には「各州は州議会の定める方法により、その州から(連邦)議会に送り出す上院及び下院の議員総数と同じ数の(大統領)選挙人を任命する。両院の議員、あるいは連邦政府の信任を受け、もしくは報酬を受ける官職にある者を選挙人に任命することはできない」とあり、選挙の結果がどうあれ、州議会の権限で選挙人を任命できる、とも読み取れる規定がある。選挙で負けたトランプは、この条文を盾に、州議会に自分を大統領に選ぶ選挙人を任命せよと迫ったのである。逆転への「奥の手」だった。

ミシガン州議会の上院院内総務と下院議長ら(いずれも共和党)がホワイトハウスに呼びつけられたのは11月20日のことだったが、狂気の如く迫る大統領に「15万4千票もの票差を逆転させる方法はない」と、はっきり断ったのだった。会合後の共同声明には「選挙に不正があれば調査すべきではあるが、選挙の結果を変えるほどの情報は得ていない。我々は立法府のリーダーとして、ミシガン州の大統領選挙人については、法と通常のプロセスに従うのみである。最大多数の票を獲得した候補者がミシガン州の選挙人を獲得する」と書かれている。

選挙法のエクスパートとされるリック・ハーセン・カリフォルニア大アーヴァイン校教授は「ミシガンで選挙結果に背く選挙人が任命されたら、クーデターにもつながる暴動が起きていただろう。バイデンの勝利は自由で公正な選挙の結果であって、それを覆すのは完全な反民主主義的行為、そのものだからだ」と自らのブログに書いた。

それでもトランプは「私の勝ちがいずれ判る」と悔しまぎれのコメントをツイッターに書き込んだ。また、共和党系の選挙法弁護士として最もよく知られるベン・ギンズバーグは、ニューヨークタイムズの取材に「今回トランプ大統領が提起した騒動が、アメリカの選挙法に曖昧な部分と落とし穴のような部分があることを明るみに出した。特に州当局が選挙結果を確定するにあたって統一された基準がないこと、州議会が投票結果に逆らって選挙人を任命する権限があるかどうかについても確かな規定がないことなどが明らかになった。今回の選挙は、こうした事柄について早急に検討すべき示唆を与えた」と述べ、他の幾人かの法律専門家も「トランプ大統領は、現行選挙制度にある極めて危険な問題点をえぐりだした。もっと接戦になっていれば、第三者に不当な干渉を許す証拠を提供することになったかもしれないし、外国にも介入の余地を与えたかも知れない」と述べている。

これまで盤石と思われたアメリカ民主主義に、実は多くの弱点があることが露呈したのである。(次ページへ)

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