2020年12月18日号 Vol.388

終末迎える異形の大統領
2020年大統領選挙の顛末(2/3)
国際ジャーナリスト 内田 忠男

中西部の工場労働者と農場主の主力は白人だった。建国以来、自分たち白人移民がアメリカの中核と思ってきたのに、それが見捨てられている。政治家たちは、人種の平等だ、マイノリティの権利拡大だ、国際協調だとキレイごとばかり並べ、主役だった自分たちの苦境には見向きもしない。こうした不満と怒りに目をつけたのが2016年選挙のトランプ陣営にいたスティーブ・バノンという卓越した戦略家だった。

バノンが標的にしたのはペンシルベニア、オハイオ、ミシガン、ウイスコンシン、ア
イオワの5州。2012年選挙で共和党ミット・ロムニー候補が現職のオバマ大統領に及ばなかった州で選挙人の合計は70。ロムニー氏がすべて取っていれば獲得選挙人は276となり、勝てていた。バノンはトランプ候補に徹底して既成政治のアウトサイダーを演じるよう振り付け、選挙戦終盤の総力をこの5州に投入。僅差ではあったが全5州で勝利した。全米での得票総数では300万票近くも負けていながら、フロリダ州も奪還して選挙人は304人を獲得する大勝だった。

トランプ支持の核になったのは、この白人労働者と農場主で、その多くが今回もトランプに投票した。政権発足早々からTPPや気候変動対策のパリ協定から離脱したことで「約束は守る」姿勢を示したのが効果的だったが、これも首席戦略官に起用したバノンの振り付けだった。ただ、知能の高いバノンに、ことあるごとに揶揄されるのが嫌で、7ヵ月でクビにしてしまった。

今回もバノンがいれば、さらに効率の高いキャンペーンができていただろうが、新型コロナの蔓延で大規模集会が開けず、最終盤になるとヤケッパチのような大声をあげてバイデン批判を叫ぶだけで浸透を欠いた。とは言え、エスタブリッシュメントへの怒りと反抗が未だに消えていないことが得票にあらわれており、これこそがアメリカ国民の間に横たわる深い溝なのである。

2020年9月29日、米大統領選の第1回テレビ討論会で、バイデン前副大統領(Photos by Adam Schultz / Biden for President)

そして、民主党はまたしても、このエスタブリッシュメントから候補を指名する愚を犯した。ジョー・バイデン、78歳、認知症も懸念される老体である。選挙戦を通じ、トランプからは sleepy Joeとからかわれた。2期8年を全うする可能性は極めて少ない。

上院議員を6期36年務めた上でオバマ政権の副大統領を8年、44年に及ぶ長い政治経歴の割には、これと言う業績はないが、終始インサイド・ベルトウェイの役得を貪ってきた典型的エスタブリッシュメントだ。1980年代後半に日米自動車摩擦が先鋭化し、テレビカメラの前で日本車を叩き潰す愚行が演じられた時、Break down Japs! などと軽薄に囃し立てるUAW(全米自動車労組)シンパの群れにいたのが思い出される程度だ。

民主党は、前回ヒラリー・クリントンという、ウソつきではトランプに引けを取らないエスタブリッシュメントを立てて、思いがけない敗北を喫したが、一向に懲りていないらしい。

バイデンは、トランプから敗北を認める電話もないまま行った勝利演説で「分断ではなく結束させる大統領になる。赤い州青い州でなく、アメリカ全体を見渡す……国民のための政権だ。アメリカの魂を立て直す。屋台骨を立て直し、中間層を再構築し、世界から再び尊敬される国にする」と述べた。言や良し。だが口先だけで政界を泳いできた人間の言だ。過大な期待はしない方が良い。(敬称略)

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