2019年12月20日号 Vol.364

新生MoMAの挑戦
作品相互の関連性を重視
多様化目指した第一級のコレクション

この秋、広々としたロビーや西にのびたギャラリー棟「デイヴィッド・ゲフィン・ウィング」が完成し、新生MoMAを印象づけたニューヨーク近代美術館。構えこそ、これまで通りガラスのファサードの連なりだが、中へ入れば驚くほど広い。変わったのはスペースばかりではない。ゴッホやゴーギャン、ピカソやポロックらの有名作に混じって、20世紀初頭のアメリカ美術や欧米以外のモダンの作品がずらり並び、女性作家の登場も格段に増えた。多様化を目指すMoMAの変貌は、ここ数年のアート界の取り組みの反映でもある。(藤森愛実)


オノ・ヨーコのインスタレーション「PEACE is POWER」(2019) © 2019 The Museum of Modern Art, Photo by Heidi Bohnenkamp


デイヴィッド・チューダー「熱帯雨林V(ヴァリエーション1)」(1973/2015) 新設のパフォーマンス・スペース「スタジオ」に広がるオブジェは音のなる楽器 © 2019 David Tudor and Composers Inside Electronics Inc. Photo by Heidi Bohnenkamp


今回のMoMAの増改築は、2004年に完成をみた谷口吉生(よしお)設計の新館を含む大規模拡張計画の第二弾であり、取りようによっては「やり直し」とも言える。年間150万人程度だった入場者数は、その後、280万人と倍近くに増え、ロビーやエスカレーター周辺の混雑ぶりは、まるで駅の雑踏の中にいるよう。ここ数年は、谷口建築が目指した優美な動線は機能しなくなっていた。
壮大な吹き抜け空間(アトリウム)にしても、天井高や壁面を生かした大型作品の展示という本来の目的は思うように果たせず、「無用の長物」という批判が出る始末。一方、常設ギャラリーについては、もとキュレーターのロバート・ストーがこんなことを言っていた。「各室のサイズや順路など申し分ないのだけれど、それだけに応用がきかない。展示替えに一苦労なのさ」
実際、ダウンタウンに移転したホイットニー美術館の新建築を見ても分かる通り、昨今の美術館は、「ホワイトキューブ」なる箱型のレイアウトより、フレキシブルに展開できるロフト型が多い。この点で、私は正直、心配だった。今回の増改築で、谷口建築にいったいどれほど手が入ることやらと。
ところが、ニューヨーク拠点の建築家チーム「ディラー・スコフィディオ+レンフロ」と「ゲンスラー」が実現したのは、まったく逆だった。窓や階段、壁面に穿たれた開口部など谷口建築の特徴を踏襲しつつ、その美学や順路を生かす形で実にスムーズに新旧の建物を繋げたのである。
もちろん、真新しい西ウィングには、パフォーマンス用のスペースやロフト型の大型空間が登場し、現代作家の多様な作品展示に対応できる。一階ロビーの西側には、2つのギャラリーが新設され、彫刻庭園と同様、この部分の入場は無料だ。何より、館内のあちこちに広がるラウンジ風の椅子席が嬉しい。3階の通路には、オノ・ヨーコの言葉のアートが記された丸椅子が並び、彼女ならではの平和宣言が、壁面にもガラス窓にも刻まれている。

新装オープンを記念しての展示は、全館ほぼすべてがMoMAの収蔵品、もしくはMoMAの依頼による新作インスタレーションとなっている。その量と質の高さが半端ない。何よりの驚きは、「こんな作品もあったの?」「ここにこの作品が登場する?」といった、従来の展示にはなかった意外性だろう。
一番の宝の山は、「シュルレアリストのオブジェ」と題された517番の展示室。出迎えるのは、メキシコの画家フリーダ・カロの鏡とペアになった自画像で、目立つのは、英国生まれの画家レオノーラ・キャリントンの摩訶不思議な絵。アメリカの孤高の作家ジョセフ・コーネルの宝石箱もあれば、日本の写真家、椎原治(しいはら・おさむ)のモノクロ反転写真もある。これらが、シュルレアリスムの王道たるマグリットやダリ、ジャコメッティの代表作と肩を並べている。
このように1880年代から1940年代までの作品を集めた5階の展示では、従来のパリ中心のモダンアートの系譜は影を潜め、絵画・彫刻、写真、建築デザインといったジャンル別の展示もなくなった。時代背景やテーマなど、いわば作品相互の関連性を重視する展示法が取られ、極端な例では、キュビスムの萌芽ともいうべきピカソの「アビニョンの娘たち」(1907年)に相対して、何とアメリカの黒人女性作家フェイス・リンゴールドの「アメリカ人シリーズ#20:死」(60年代の人種暴動がテーマ)が登場する。
こうしたディスラプティブな展示こそ、新生MoMAの挑戦だろう。同様に新鮮なのは、「大衆絵画の巨匠たち」と題された521番の展示室。アンドレ・ボーシャン、モーリス・ハーシュフィールドら、素朴派やいわゆる独学の画家の絵が並んでいる。このアウトサイダーアートでは、いまもっとも注目のビル・トレイラー(一時ホームレスとなり、80歳を過ぎてから絵を描き始めた)が、モダンアートの殿堂入りといった具合だ。
1940年代から70年代の作品を集めた4階の展示においても、戦後の抽象表現主義を中心に60年代のポップアートやミニマリズム、その後のコンセプチュアリズムを跡づけるといった従来のニューヨーク中心のアート展示は見当たらない。〇〇主義や〇〇イズムといった美術史の用語自体、いまや通用しないようだ。
見るべきは同時代の多様な戦後美術の展開であり、ここでは日本の作家の活躍も目立っている。いや、MoMAの新展示がグローバルだと聞いて、日本の作家の存在にとりわけ目を凝らしたといった方が正確だろう。はたせるかな、具体の田中敦子やメディアアートの先駆者、山口勝弘、前述したオノや前衛作家集団「ハイレッド・センター」、草間彌生、河原温、パリで活躍した工藤哲巳ら著名作家の作品が順当に登場する。


(写真上)フリーダ・カロ「フラン・チャンと私」(1937) (写真下)フローリン・ステットハイマーによる 創作バレエのための衣装デザイン(1912年頃) Photos by Manami Fujimori



「4人の写真家、4人の場所」と題された419番の展示室には、森山大道の60年代の東京シーンが並び、「抽象のレンズ」と題された409番の展示室は、一部、日本人写真家のオンパレードだ。知らない名前も多く、調べた限りを列記すると、石本泰博、大塚げん、大西茂、濱谷浩、松本とし、矢野目鋼、山田ひろじ。いずれも実験的な手法が見て取れる。
何より感慨深かったのは、ポップの王様ウォーホルやオルデンバーグの作品に混じって、サイケなポップで知られる田名網敬一の絵を見つけたことだ。「無題(コラージュブック2の13)」(69年頃)とあるように、決して大きくはない紙の作品。だが、MoMAの壁面にかかっているというその事実が、アーティストとしての歴史的存在を確固たるものにする。
MoMAのパワー、それはおそらく創立以来の館長やキュレーターの力量が見定めた収蔵品自体のレベルの高さに尽きるのだろう。「教科書に載っている作品ばかり」と賞賛されてきたセザンヌ以降のモダンアートの代表作はもとより、これまでお蔵入りだった作品にもこれほど厚みと深みがあったとは。奇しくも、アート界恒例の番付表「パワー100(世界で最も影響力あるアートのプロ100人)」のトップに、今年はMoMAのグレン・ラウリー館長が選ばれた。アーティストを含め、大物コレクターや有力ギャラリストが名を連ねるこの番付で、公的な美術館の館長がトップを占めるのは前代未聞だ。
だが、欧米中心の現代アートの展示から一転、アジア、アフリカ、中南米のアートの動きにも目を向け、女性や白人以外の作家の作品を積極的に取り上げるMoMAの方針は、収蔵品ガイド「MoMAハイライト」に載る375点の作品とも重なり、今後の作家・作品研究はもとより、現代アートの市場にも大きな影響を与えることになる。


(写真上)展示室#420に登場するフィリップ・ガストンの絵画と工藤哲巳の彫刻 (写真下)展示室#412「スープ缶から空飛ぶ円盤まで」展示風景 Photos by Manami Fujimorii

この意味で、70年代以降に制作された作品、いわばいまを生きる作家の作品を展示する2階の常設ギャラリーは、一面、チェルシーのギャラリー展示? と思えないこともない。実際、ジュリー・メレテゥ、ウー・ツァン、マーク・ブラッドフォードら2000年代に頭角を現した中堅作家の収蔵品の中には、今回の展示のために購入を急いだという作品もあるようだ。
ともあれ、この2階の展示には、日本人らしき作家の名前は見当たらない。いや、そう断言するのは語弊があろう。建築家、西沢立衛の模型展示があり、階は違えど彫刻庭園を見下ろす3階のロビーには杉本博司の写真がかかる。6階の11人の作家展には、建築家、藤本壮介のインスタレーションが含まれている。写真や建築デザインに強いと言われる日本のアート界の浮き彫りだろうか。


展示室#409「抽象のレンズ」から大西茂の写真2点 Photo by Manami Fujimori


アトリウムに登場した「ヘギュ・ヤン:ハンドルたち」(2019) Photo by Manami Fujimori


2階のカフェも一新。カラフルな壁面は、オランダのデザイン・チーム「エクスペリメンタル・ジェットセット」の 「フル・スケール・ファルス・スケール」(2019)© 2019 The Museum of Modern Art. Photo by Heidi Bohnenkamp

もとより、MoMAのコレクション展示は、不変ではない。リニューアルにあたって掲げられた新企画のひとつが、半年ごとに常設作品の三分の一を入れ替えるという案で、今後、収蔵品にある日本人作家の70年代以降の絵画や彫刻、また、近年、国際展で活躍する若手作家の映像やインスタレーションなどが次々と登場するのだろう。
「天安門事件を挟んで」と題された展示室には、シュー・ビンやソン・ドンら中国の中堅作家6人が登場し、くだんのアトリウムでは、韓国の女性作家ヘギュ・ヤンの素晴らしいインスタレーションが待っている。人形や動物、建築物を思わせるオブジェはすべて鈴で出来ていて、パフォーマーがハンドルを引いて動かすたびに可憐な音を奏でる。
そう、アジア人作家の活躍は著しい。アートに勝ち負けや順位はないが、世界の主要美術館に自作が展示され、収蔵されるということは、作家にとって何よりの励みだろう。見ている方も、同時代や同郷といった共通項があればなおのこと、勇気づけられるものだ。
MoMAは今回、広々と美しいスペースを得て、第一級のコレクションを示すことで、ついにロンドンのテート・モダンを抜いた。私はそう実感する。世界一の美術館になったのである。

The Museum of Modern Art,
New York
■2019年10月21日新装オープン
■住所:11 W. 53rd St.
■大人$25、学生(要ID)$14
 65歳以上$18、16歳以下無料
www.moma.org



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