2019年12月20日号 Vol.364

アイデアを形にする時
大切なのはコミュニケーション
コンセプトアーティスト:宮川英久


テーマパークやコンピューターゲーム、アニメーション、映画などを制作する際に基盤となるアイデアを視覚化する「コンセプトアーティスト」たち。美術館やギャラリーで個展を行うアーティストとは異なり、表舞台に出ることは無いものの、ある種のプロジェクトにおいては欠かせない、重要な存在だ。 現在、マイクロソフト社に籍を置き、同社の人気ゲームシリーズ「HALO Infinite」の制作に携るコンセプトアーティストの宮川英久(みやがわ・ひでひさ)さん。「良い構図を思いついた時、それをより良い物に仕上げるために丁寧に色を塗りこんでいく課程がとても楽しい」と笑う宮川さんに、これまでの道すじを振り返ってもらった。



「海底都市」と名付けられたコンセプトアート。「人類が海底に移住するという設定で、背骨のような構造がドーム内の空気圧を調整する、というアイデアの元に描きました」と宮川さん (All Images courtesy of Hidehisa Miyagawa)


未来のSF世界で活躍する武装全地形対応車をデザインした「Sci-Fi ATV」。 「カッコよく、説得力があるデザインを目指しました」と宮川さん


ローマ皇帝の私室をデザインしたスケッチ画。古代、黄金期を迎えたローマで、 皇帝の性格がうかがえるような要素が散りばめられている


近未来、サイバーパンクの世界。打ち捨てられた地下鉄構内にある地下鉄車両を、 ハッカーが隠れ家にしている、という設定のコンセプトアート


ディレクターや監督など、プロジェクトリーダーが思い描く概念を、具体的に描き起こすのがコンセプトアーティストの仕事。最初に制作された絵が、そのプロジェクトの「柱」となり、「設計図」となる。キャラクター、風景、道具、乗り物など、何でも描きこなすには高い画力が必要だ。「物心がついた時から、絵や工作が好きでした。幼稚園の頃は、いろんなバリエーションの展開図を厚紙に描き、立方体を作っていました。飛行機の絵をやたらと描いて、幼稚園にあった画用紙を全部使ってしまった時は、叱られましたね(笑)」
1983年、熊本県八代市で生まれた宮川さん。両親との3人家族で、自由でのびのびした子どもだったそうだ。ひとつの事に夢中になると、いつの間にか手の届く範囲内に必要な道具などを置いてしまい、気がつくと自分の周囲が混沌とした状態になる。「部屋の片づけは本当に苦手なんです、今でも…」と笑う。
小・中学校では毎年のように校内写生大会で入選し、自治体からも表彰。中・高校生では文化祭でのイベント用ポスター制作を担当するなど、周囲にその腕前が認められていたものの、本腰を入れて絵の勉強を始めたのは2003年、東京の専門学校に入学してからだった。「『絵』を描く時に必要な、地味ではあるが避けては通れない基本部分を学びました。それが僕の絵の中心にあります」
専門学校卒業と同時に株式会社セガへ入社。大手ゲームメーカーで、3Dアーティストとしてのキャリアをスタートさせた。だが、転機はすぐに訪れた。
「ある恩人から、カリフォルニア州パサデナにある美術大学『アートセンター・カレッジ・オブ・デザイン』でのカリキュラムを解説した本を紹介されました。そこには、『どのようにかっこいいデザインを考えるか』というプロセスが論理的に書かれ、感銘を受けました」
その時、「コンセプトアーティスト」という仕事を知り、自分もそんな仕事がしたいと本場アメリカで学ぶことを決意。「元々、ハリウッド映画やアメリカのゲーム、特に『HALO』などが好きだったことも、留学を決めた大きな要因でしたね」
2008年、セガを退社し来米。翌年にアートセンター・カレッジ・オブ・デザインに入学した宮川さんは、コンセプトアーティストを目指して走り出した。


「アンティオキア港全景」12世紀ヨーロッパ、アンティオキアをモチーフにしたコンセプトアート。 「当時のテクノロジーや歴史背景を調べ上げ、説得力のある歴史を感じる絵を目指しました」と宮川さん


近未来のサイバーパンクの世界で、自身をメンテナンスするアンドロイド。 シンプルでありながらも独創的な世界観を描き出している

宮川さんの最初の大きな仕事は、ウォルト・ディズニー・イマジニアリング社が企画した『マーベルエクスペリエンス』。来場者が、マーベル・コミックに登場する組織「S.H.I.E.L.D.(シールド)」のメンバーになってトレーニングを受ける、という設定の体験型テーマパークだ。
コンセプトアーティストの仕事はまず、口頭や書面など文字になったストーリーを見せられ、『これを絵にしてくれないか』というところからスタートする。画力はもちろんのこと、依頼主の考えを読み取る力も必要となる。「担当者それぞれにコミュニケーションの癖がありますから、すぐに相手の意図を理解できればイイのですが、少々回り道をすることもあります。とにかく毎日が挑戦の連続でした。『マーベルエクスペリエンス』のプロジェクト・ディレクターがとても柔軟でクリエイティブな発想の持ち主で、彼がワクワクしながら話すアイデアを聞いていると、僕もワクワクしてきて(笑)。いつの間にか、彼が考えている『世界』へと入り込んでいました」
この時の仕事ぶりが評価され、ディズニー・カリフォルニア・アドベンチャーのアトラクション「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー ミッション:ブレイクアウト!」にも参加。シネマティクス(動画)部分の全てのコンセプトアートを、リードアーティストとして担当した。
「ディレクターが考えている世界を、僕の想像力で絵に描き起こしていく。とにかく、後悔しないように何度も熟考する必要がありますから、エネルギーの要るプロセスです。でもある意味、それが一番面白い部分であり、この仕事の醍醐味。『辛い』と感じたことはありませんが、細心の注意を払いながら作業をする必要がありますから、神経は使います」
目標とする作家として、世界的に有名なアメリカのクレイグ・マリンズの名を挙げる。「他にも素晴らしいコンセプトアーティストは大勢いますが、やはりマリンズは別格。彼の絵は非常に洗練されていて、毎回、作品の中に新しい挑戦を感じさせながらも、一目で『マリンズだな』と解ってしまう個性。正に天衣無縫です」
コンセプトアートに求められる要素に「物語性」があり、宮川さんの絵にもやはり「物語」が見える。巨大生物の骨格に覆われたような都市に住むのはどんな人々なのか、自身をメンテナンスするアンドロイドはこれから戦うのだろうか…など、架空の世界にもかかわらず、どこか現実的で鑑賞者の想像力を掻き立てる。
「町であれ、生き物であれ、乗り物であれ、どんな奇抜なアイデアであっても、やはり皆さんに理解して頂く必要があります。工業製品や自然の風景など、最終的には現実世界に存在するモノからアイデアの着想を得ています。日頃から『いろんなことを注意深く観察する』のが大切。また、積極的に面白いものを見つけること。それが創作意欲に繋がります」
最後に、コンセプトアーティストとして必要な要素は何かを尋ねてみた。
「画力はもちろんですが、それよりも大切なのは意思伝達、コミュニケーション能力だと思います。ストーリーを考える人からのアイデアをしっかりと受け止め、正しい形で他者に届けること。これがなかなか容易にはいきません。それが上手くいった時、本当に『この仕事は面白いな』と思えます」
ここまで、「必死に駆け抜けてきた」と話す宮川さん。少し立ち止って様々なことを整理し、個人的な創作活動に全力投球したいという。
「今の仕事に加えて、インディーズでのゲーム制作もやってみたくて。今、勉強中です!」
どうやらまだまだ、止まっている暇はなさそうだ。

■宮川英久ウェブサイト
 www.artstation.com/supratio
■Twitter @HidehisaM
mhidehisa@gmail.com



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