2019年12月20日号 Vol.364

骨太なテーマに挑む
音楽と物語のシナジー
「ジャグド・リトル・ピル」


ジョー(ローレン・パットン)の圧巻の「You Oughta Know」Lauren Patten and the cast of "Jagged Little Pill"


絵に描いたように完璧なヒーリー家だが… (l to r) Celia Rose Gooding, Derek Klena, Elizabeth Stanley and Sean Allan Krill (All photos by Matthew Murphy)


被害者のベラ(キャスリン・ギャラガー)は 非難の矢面に立たされ… Elizabeth Stanley and Kathryn Gallagher


アラニス・モリセットのメガヒットアルバム「ジャグド・リトル・ピル」をもとにしたミュージカルが12月5日、ブロードウェイで開幕した。オピオイド依存、人種・性的アイデンティティ、性暴力、ソーシャルメディア・バッシングなど今のアメリカが抱える問題を、ソウルフルなロックで綴った意欲作だ。既存のヒット曲にストーリーを付けたいわゆる「ジュークボックス・ミュージカル」は歌詞と物語が噛み合わず、こじつけ感が拭えないことが多いが、本作は物語と楽曲のエッセンスが見事に調和した新次元のミュージカルだ。

ヒーリー家は、息子ニックのハーバード入学も決まり、一見非の打ちどころのない家族。だが、母親のメリージェーンは、鎮痛薬オキシコドン依存で、留守がちな弁護士の夫との関係も冷え込んでいる。養女のフランキーは、白人家庭の中で唯一のアフリカ系アメリカ人かつバイセクシュアルとして、アイデンティティ問題を抱えていた。
ある日、ニックは友達が酔ったクラスメートをレイプする場面に居合わせてしまう。制止しなかったことを悔やむ一方、証言すれば自分の人生も破滅するのではと煩悶する。息子の出頭に反対していたメリージェーンは、薬の過剰摂取で倒れてしまう。やがて、彼女自身の過去のトラウマが明らかになり…。

アラニス・モリセットは、カナダ出身のシンガーソングライター。1995年、弱冠21歳の時にグレン・バラードとの共作「ジャグド・リトル・ピル」で世界デビュー、鮮烈なオールタナティブ・ロックと率直な歌詞が大評判となり、最優秀アルバム賞を含むグラミー賞5部門を制覇した。Jagged Little Pill(ギザギザの小さな錠剤)とは、受け止め難い真実という意味。舞台版には他のアルバムの曲や新曲も加わった。
なんといってもアメリカの現代社会を体現したストーリーと、モリセットの音楽に流れる爆発するようなエモーションの相乗効果が素晴らしい。失恋を歌ったヒット曲「You Oughta Know」は、フランキーの同性の恋人ジョーが、心変わりした彼女に怒りと悲しみをぶつける場面で歌われるが、ジョーの感情の奔流に胸を突かれて涙が溢れ出た。この場面は、スタンディングオベーションのショーストッパーとなった。この一曲だけでも本作を観る価値がある。
モリセットの世界に寄り添った脚本は、映画「JUNO/ジュノ」の脚本でアカデミー賞を受賞したディアブロ・コーディ。性暴力は「受ける側が自衛すべき」というレイプ・カルチャーや、被害者バッシングのような重いテーマを、ブロードウェイミュージカルに取り込んだ心意気を称えたい。入り組んだ物語だけに一幕は説明的な部分もあったが、二幕はたたみ込むような展開で手に汗を握った。
トニー賞受賞演出家ダイアン・ポーラスは、場面の巻き戻しなど工夫のある演出を施した。音楽、脚本、演出、そして実力あるメインの俳優陣が全員女性という点も今の時流にぴったり。
「テヅカ」や「プルートゥ」など、森山未來とのコラボで知られるシディ・ラルビ・シェルカウイのキネティックな振付は、人物の感情やジレンマを増幅させた。魅力的なアンサンブルの踊りの迫力も忘れ難い。

アメリカの中流家庭に潜む問題は、大御所のユージン・オニールやアーサー・ミラーを始め、数多くの演劇作品が追求して来た普遍的なテーマである。「ジャグド・リトル・ピル」は、それを現代社会に絡め、ジュークボックス・ミュージカルという制限のある媒体で鮮やかに結晶させた。困難を乗り越える家族の再生の物語は、前を向いて生きる勇気を与えてくれる。2019年のブロードウェイの有終の美を飾るにふさわしい佳作だ。(高橋友紀子)

Jagged Little Pill
■会場:Broadhurst Theatre
 235 W. 44th St.
■$40〜
■上演時間:2時間35分
juggedlittlepill.com



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