2018年12月21日号 Vol.340

アートで街を活性化
WTCから依頼
ペインター・アーティスト:DRAGON76

「World Peace through Trade(貿易を通じての世界平和)」を理念として名付けられた「ワールドトレードセンター(WTC)」。アメリカ同時多発テロによって破壊され、多くの犠牲者を出した。あれから17年。現在も再建が進められている被害現場を少しでも美しく、皆に希望を感じて欲しいと、WTCは「ミューラル・プロジェクト」を発足。ビルの壁や建設途中の無骨な鉄板に壁画を描き、道行く人々にアートを楽しんでもらおうという主旨だ。「ある日突然、WTCを管理する団体から依頼がありました」と話すのは、ミューラルアーティストとして活動するDRAGON76(ドラゴン76)だ。10月中旬、3ワールドトレードセンターの47階で、黙々と壁画を描いていたDRAGON76。フロアーが完成するまでは見ることができない貴重な制作現場を訪ね、話を聞いた。(ケーシー谷口)

表紙イメージ「Coexist」:2017年、マサチューセッツで開催された「LEVITATE MUSIC FESTIVAL LIVE PAINT」で描いた作品

DRAGON76
3WTC内で制作中のミューラルと (Photos by KC)

DRAGON76


「小さいときから漫画を模写したり、映画の雑誌から気に入ったビジュアルを写したりしていました。漫画家・鳥山明のファンで、北斗の拳やガンダムにも影響を受けましたね」

とにかく、見て「かっこいい!」と思ったらすぐに描き始めていた。やがて模写だけでなく、背景や主人公のポーズを自分のイメージで描くようになる。

中学生になり、音楽にも関心を持ち始めたDRAGON76。ジャケットデザインに興味を持ち、楽曲を自分なりに解釈して、オリジナルのジャケットデザインを描くようになった。ストリートアートやグラフィティーに出会ったのは高校生の時だった。
「雑誌などで目にする機会が増え、徐々に興味を持ち始めました。既に海外、特にニューヨークではアートとして受け入れられていたようでした。それが日本に伝わり、メディアで紹介されるようになっていた。とは言っても、当時の日本には、まだまだ情報や資料が少なく、海外に行く知人に、グラフィティーやストリート・アートが紹介されている雑誌を買ってきてもらうように頼んでいましたね」
高校卒業時、進路を決める際に、「やはり自分が好きな『絵』に携わっていたい」と考え、「もっともっと勉強しなければ」という思いから大阪美術専門学校へ進学した。

1996年から、CDジャケットやライブペイント、壁画などを制作。個性的で生命力溢れるタッチが話題となり、次々と仕事が入るようになっていく。「でもその頃の日本で、ミューラルアートは『落書き』というイメージが強く、なかなか根付かなかったですね」。ここで疑問。同じ「壁」に描く、「ミューラル(mural):壁画」と「グラフィティー(graffiti):落書き」の違いとは。調べてみたところ、「ミューラル」は、許可を取り(または依頼されて)描くものを指し、一方で「グラフィティー」は、公共の場に許可なく描くものを指すようだ。「ミューラルの元はグラフィティー。そこから始まったと思います。ミューラルアートはそれなりの大きさがありますから、完成までに時間もかかります」

ターニングポイントは、2015年に開催されたミューラルアート・フェスティバル「POW! WOW! JAPAN」への参加だった。「フェスに出たことで、自分の作品がSNSで海外へと広がっていったんです。海外の方がはるかにアートへの理解があり、作品に対する反応もありました。その拡散の仕方が大きかったので、『海外でやってみたい!』と思うようになりました」。海外志向を強めたDRAGON76は、翌年の「POW! WOW! TAIWAN」や「POW! WOW! LONG BEACH」にも参加、世界中のアーティストから注目されるようになった。
すでに日本では、多くのイベントや企業広告イラストを手掛け、国内外のCDジャケットデザイン、世界各地で壁画を残し、多くのライブペイントにも参加。「海外でチャレンジしたい!」との思いを募らせ、2016年、妻子と共に、NYへと拠点を移した。

DRAGON76

DRAGON76
リバティパーク横のビル、2つの壁面に描かれたミューラル

その場所にふさわしいもの
争うことなく「共存」を

現在も再建が進むWT Cでは至る所にアートがある。「アートで街を美化し活性化させよう」というWTCの企画の下、多くのアーティストが参加している。DRAGON76は、リバティーパーク横のビル壁面に2つと、3WTCの47階で1つのミューラルを手掛ける。

「自分のサイトやインスタグラムの作品が彼らの目に止まったのだと思いますが、こんなチャンスを貰えて光栄です。多くの犠牲者を出した場所ですし、やはりどれだけ街が綺麗に生まれ変わっても、負のイメージはなかなか拭いきれません。そんなネガテイブなイメージを少しでも払拭し、アートで街を生まれ変わらせようという試みに参加できるのは、とても名誉なことだと思っています」

ビルの壁ともなれば、サイズも桁違いに大きい。素人としてはどのように描くのか興味がある。「まずはプランを練り、下書きを作り、色もしっかり決めてしまいます。グリット(格子)を設定し絵のバランスを保つようにして、初めに作ったスケッチと合わせながら仕上げていきます。ミューラルアートの面白いところは、描き上げた作品は同じでも、周囲の環境や季節が変わることによって、また違った趣きになることでしょうか」

リバティーパーク横のビル壁面は、今年9月中旬に完成した。ひとつは、目に飛び込んでくる黄色の背景に、馬とギターを持った男性の構図で、男の肩には「共存」の文字が見える。もうひとつは1ワールドトレードセンターを指し示す標識のような構図で、大きく「FREEDOM」と記されている。
「作品の主軸となるテーマは『共存』。ニューヨークでは様々な人種や文化がミックスされ、共存しています。(3WTC内の)この作品でも、異なる人種、年齢の人物を5人描きました。それぞれが楽器を持ち、音楽で皆が繋がって『共存』するというコンセプトです」。背後に描かれたラクダが、砂漠を旅するキャラバンを連想させる。取材時には完成していなかったにも拘らず、5人の表情は前方を見据え、力強い。

アーティスト名の「DRAGON76」は、1976年生まれの辰年から。故郷の滋賀県では、郷土の武将・蒲生氏郷(がもううじさと)をモチーフにペイントを施したバスが走り、出身地である日野町のタウンホールには、彼の作品が飾られている。さらに今年5月、地元のキャンプ場で町のバックアップの元、ライブペインティングと音楽のフェスティバル「HINO BIG TIME GROOVE」を企画・開催。ヒップホップグループの韻シスト、シンガーのPUSHIM、ダンサーのEXILE USAなど、総勢15組のアーティストと共に、大いに盛り上がった。

DRAGON76
LAで開催された初の全米大会 「アートバトルインターナショナル」決勝戦の様子(上)と、優勝トロフィーを手にするDRAGON76(下)

DRAGON76

アートバトル優勝!
初代チャンピオンに

NY発祥のライブペインティング大会「アートバトルインターナショナル」は現在、世界7ヵ国、50都市以上で開催されている。競技は、選ばれた12人のアーティストが2組に分かれ、20分でキャンバスに絵を描き、上位4人を選出。決勝ラウンドは30分で、その4人が描いた絵をオーディエンスが投票し、チャンピオンを決定する。今年7月20日に行われたNY大会でDRAGON76は3度目の優勝を果たした。
「ライブペインティングでは即興性を大事にしています。その場の雰囲気を感じ取って自らの感覚や感性を高める。その上で自分の中から出てくるものを楽しんでいます」
続く11月28日、ロサンゼルスで行われた初の全米大会に、NY代表として参戦。他州からの出場者と対決し、見事に優勝! 記念すべき初代USチャンピオンとなった。「来米してから丸2年、大きな結果を出せたことがとても嬉しい。何よりも、今まで積み重ねてきたことが認められた、間違っていなかったと大きな自信になりました。これからも皆を驚かせるようなことをしたいです!」。ちなみに同大会は2020年、東京で開催される予定だ。

大胆な構図と抜きん出た画力の高さ。それらすべてが融合し、溢れんばかりの生命力を見る者に感じさせる。複数のものが争うことなく共に生き、共に栄える「共存」。人々にポジティブな思考のきっかけを与えたい、それがDRAGON76の永遠のテーマだ。

「WTCにふさわしいものを描きたい」と話していたDRAGON76。「貿易を通じての世界平和」を掲げていた場所に、「共存」をテーマに活動を続ける彼のミューラルアートが描かれることになったのは、偶然ではない。

DRAGON76
www.dragon76art.com


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