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 よみタイムについて
 
 
よみタイムVol.150 2011年1月28日号掲載
ニューヨークの大工さん 青木貞和 さん
黙々と大工仕事に打ち込む棟梁は日本人
コンテンポラリーなインテリアが得意

現場にキャビネットを設置する青木貞和さん

摩天楼の下で、庖丁一本ならぬ、のこぎり、金槌、かんなを武器に、大工として腕一本で約30年、ニューヨークの移り変わりを見てきた青木貞和さん。今年で53歳。「お客を裏切らない」をモットーに、痩身長躯、ひょうひょうとした生き様と、朴訥とした語り口、きっちりした仕事ぶりが日本人ばかりでなくアメリカ人の間でも高く評価され、常に掛け持ちの仕事を忙しくこなしている。
 青木さんがアメリカへふらりと渡ったのは82年のこと。大学を出て間もない22歳だった。大学では商学部に身をおいていたのだが、会社勤めは性に合わないと、まったく関連性のない住宅建築の「現場監督」を体験。大手建設会社の下請け仕事だった。
 出身は東京の荒川区。町工場や職人の多い地域で、大工、左官など職人の家の友人が多く、中学の頃から時間があると建築現場でアルバイトとして働かせてもらい、大工仕事には見よう見まねで親しんでいた。「チームプレイが好きじゃなく黙々と一人でやることが多いせいか、ついたあだ名も『モクモク』」と青木さんは笑う。
 いきなり現場監督?「あの頃は『ツーバイフォー』という、建築をきちんと学んでこなくてもマニュアルを読めばプラモデルを作るように家が建つ新しい工法が、アメリカから入ってきてた」と青木さん。
 しかし、手順通りに進めれば家は建つが、使う職人ははるかに年上の、昔かたぎの職人ばかり。若僧の指示に、聞く耳持たない職人も多く、ある日ふと嫌気が差して学校時代の友人がいるロサンゼルスへ。翌日には、2級建築士資格試験が控えていた。
 ロサンゼルスでは昼は芝刈り、夜はレストランで皿洗いと、楽しいうちに1年が過ぎる。「あまりにも居心地の良い毎日。俺このままじゃ駄目になっちゃう」と知人のすすめもあってニューヨークに移動。「大工仕事なら少しは知ってる。下っ端から始める必要もないだろう」と、日系の建設会社に入り、アメリカでの大工人生を開始する。80年代のニューヨークは元気がよく、日系社会も活気に溢れていた。
 日系のレストランもどんどん増え、個人住宅や官公庁の注文も多く手が回らないほどだった。
 今では日本人顧客からの仕事は年に1、2件にまで激減。ほとんどアメリカ人客からの注文ばかりと青木さんの大工業環境も変貌した。
 大工といっても内装工事が青木さんの主な仕事だ。注文主は、コンドミニアムへの引越し前の改装から、マーケットに売り出すための改築も多い。青木さん自身は、日本人大工ではあるが、どちらかというと和風よりも、コンテンポラリーなインテリアを得意とする。これまでも多くの個人住宅、レストラン、美容室などを手がけてきた。現在は、長年共に仕事をして信頼関係にあるアメリカ人のインテリア・デザイナーと協力して仕事をとることが多い。
 マンハッタンのコンドミニアムの内装工事を請け負って頭が痛いのは規制が厳しいこと。工事の音が出せるのは午前10時から夕方4時まで。週末は仕事が出来ない。さらにジューイッシュの休日は駄目、などと制約だらけだ。アメリカ人顧客の納期に対する姿勢も日本人以上にシビアで「遅れた日にちにペナルティをかけられることだってありますよ。あと工事中の怪我や器物破損で、数ミリオンの保険もかけておかなければならないんです。割の良くない仕事かな」。
 「マサチューセッツの避暑地、マーサズ・ヴィンヤード島にある大きな納屋を、住宅に改装する工事は心に残ってますね。注文は納屋の構造を生かした吹き抜け。寒冷地だから屋根に積もる雪のことも考慮しなければならないし、吹き抜けだと暖気は全部上にいってしまい家全体が寒い。家屋の強度にもずいぶん腐心しました」。約3ヶ月間、現地に滞在して工事に取り組んだ。「自分の知識・経験・技術をフル活用して完成させた作品」と、いまでも懐かしそうだ。
 一方、長い経験の中にはこんなエピソードも。築100年ほどの一戸建ての改装を請け負った時のこと。その日は職人もおらず青木さんは屋根裏部屋でひとり仕事をしていた。
 家の中はしーんと静まり返り、自分の大工仕事の音だけが乾いた音を立てていた。すると、階下でドアがきしむ音、トントントントンと階段を登る足音、「あれ、誰か来たんだと思い、昼間の日差しで明るい駐車場を見てもクルマの影はない。階下を覗いても誰もいないんですよ」
 「たまたま日本から遊びにきてた友人の母親で霊媒師に、現場に来てもらったら、『そこにお婆さんがいる』っていうんです。改装を望んでいないんじゃないかと、怖くなっちゃって」。
 結局、工事が終わるまで玄関にバイブルを置いて仕事を続けたという。アメリカらしい話だ。
 妻と17歳の息子、15歳の娘の4人家族。最近になって高校生の息子が父の仕事に興味を持ち、現場でアルバイトするようになった。「儲からない商売だからね、あまり勧めたくないけど、やっぱり嬉しいよ」と『モクモク』青木さんは相好を崩した。(塩田眞実)